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14_金髪の魔女は、今日もビールを飲んでいる。

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「なに?」

僕が驚いたタイミングで、ネズミは座席からぴょんと飛び跳ねた。向かいの僕の座席に飛び移ると、僕の体をするするとよじ登った。そして僕の肩にちょこんと乗った。そのまま僕のフードにすっぽりと収まった。

「レッツらゴーです! 坊ちゃん」

景気のいい声がフードの中で響く。
「はぁ?! どこに?!」
僕の嫌そうな返事を聞いて、ネズミが耳打ちしてきた。

「坊ちゃん。1号車までレッツらゴーです」
「はぁ?! なんで?  俺、関係ないやん。自分で行ってよ」
僕は首を右にひねり、フードに収まっているネズミを睨みつけた。めんどくさ。なんで僕を巻き込むんだ。頼むなら、その先生とやらを紹介したばあちゃんに頼むべきじゃないか?

「ばあちゃんに頼めばいいやん」
「いや、おばあさまにはこれ以上ご迷惑は……」

ネズミは言い淀んだ。
その隙に僕はネズミをフードからつまみ出そうと、フードに手を突っ込んだ。ネズミはするりとフードの奥へと逃げ込んだ。僕の手はそれを追いかける。ネズミは器用にするするとフードの中を走り回るので、終いには僕の首元が締まってしまった。

「ぐえっ」
喉からウシガエルみたいな変な声が出た。
ばあちゃんがその声を聞いて、「なんねその声は」と軽く笑うと、「ユースケ、どうせぼけっと窓の外、見とるだけなんやけん、ネズミさんのお手伝いしてあげなさい」とピシャリと言った。

「ええー!」
僕が眉根を寄せて、心底嫌そうな顔をすると、
「情けは人のためならず」
と僕の背中ぽんぽんと叩いて、早々に席を立つように促した。

僕は小さく舌打ちをする。
ネズミがひょこっと顔を出して「すみませんねぇ。坊ちゃん。よろしくお願いします」と頭を下げた。


🐭


「で、どこに行けばいいんだっけ?」
僕は訝しげな顔をして、ネズミの方を見た。

よく考えたら、ネズミと至近距離で話すのは初めてだ。ネズミの髭が僕の頬にあたる。ちくちくするし、くすぐったい。ネズミの目はくりくりとした黒目で、意外に可愛いもんだな、と思った。

「先生は1号車にいます。先生は有名な弁護士です。先生はすごいお方なんです。動物裁判においては、先生の右に出る者はおりません。私も先生は以前から存じ上げていたのですが、なかなかアポイントがとれず、トラブルが解決せず困り果てていたんです。そんな時におばあさんに口を聞いていただき、お約束をやっっっとのことで取り付けたところなんです。こんな機会はありません。坊ちゃんも先生に失礼のないようお願いしますよ! 早く猫とのトラブルを解決したい。先生のご手腕をこの目で見れると思うと大興奮です。先生は本当にカリスマ、いや、生ける伝説ですからね。本当にすごいんです!その先生は大層電車が好きでいらっしゃいまして、グリーン席に乗っています。特急ソニックのグリーン席にはパノラマキャビンというものがあって、運転席や景色を堪能することができるらしいのです。電車好きの先生は当然、そちらにおられます。パノラマキャビンは先生にこそ相応しい席ですからね!」

ネズミは前歯を突き出し、唾を撒き散らしながら夢中で先生の話をした。偉いのは先生なのに、さも自分が偉いような話ぶりに親自慢を繰り返す木下を思い出して嫌な気分になった。僕はふーんと音もなく鼻の奥の方の振動だけで返事を返す。

「ちゃんと隠れといてよ。猫や他の人に見つかったら面倒やけん」

ネズミは冷ややかに笑った。
「坊ちゃん、愚問ですよ。誰に言ってるんですか? 私がそんな間抜けなことをするわけがないじゃあないですか。ねえ、坊ちゃ〜ん」
ネズミが僕の肩をポンと叩いてくすくすと笑い出した。感じが悪い。語尾の伸ばし方が木下そっくり。めっちゃイライラする。

僕は中指を無意識に親指で引っかけていた。中指をとんっと弾いてネズミのおでこに当たるか当たらないかくらいの軽いデコピンをすると、鼠はフードの中に吹っ飛んだ。

「いった! 何するんですか、坊ちゃん。訴えますよ!」 
ネズミは鼠色の顔を真っ赤にして怒りながら、のそのそとフードの外に顔を出した。
「あ、悪い」と謝ると、「今の謝り方は軽すぎです。謝罪の気持ちがこもっていません」とネズミは舌打ちをした。

「まあ、ちゃんと私のお願いを聞いてくれてたら、このことは訴えないことにしますけど」
ヒゲをピンピンさせ、前歯をにょきっと出しながら怒った。
「すみません」
僕は顎をしゃくるように頭を下げた。

隣の席で僕とネズミのやりとりをみていたばあちゃんは肩を小刻みに震わせている。
「ケンカッぱやいユースケが、ネズミさんにたじたじとはね」
「うるさい」

僕のばあちゃんに向かって放った一言に、ネズミは嫌悪感を示したようで、しかめっ面をこちらに向けた。
「そういう言い方はやめた方がいいですよ。いつ訴えられてもおかしくない。それより、早く1号車に行ってください」
首をふるふると振っている。丁寧な言葉遣いのネズミには粗暴な言い方は嫌悪感を抱かせるようだった。

ばあちゃんは相変わらず僕の悪態など何処吹く風で、ひらひらと手を顔の前で動かした。
「いってらっしゃい」
小さな声で言うと、ばあちゃんは座席に深く腰掛けて腕を組んで目を瞑っていた。


なんだか変なことになったなぁ。
僕は2号車へと踏み込んだ。



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