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「心細さ」と「生活」の話

最近だと真昼間は夏みたいに暑い。着替えとPCでぼこぼこに膨らんだリュックを背負いなおして、Tシャツの襟元を引っ張ってあおぐ。

東京メトロ日比谷線、八丁堀駅のB1出口をあがって30秒。目的地にはすぐにたどり着いた。駅の真上に建つ「WISE OWL HOTELS TOKYO」が今日の寝床だ。


学生時代からとにかく掃除をする習慣がなかった。家族はそうでもないのだが(かと言って綺麗好きではないが)、あんまりにも部屋が散らかって床が見えなくならければ干渉してこないので、自室をやりたい放題荒らして育ってきた。 
雑でテキトーで面倒くさがりな私は、散らかっていても汚れていてもへっちゃら。最近はさすがに気をつけているが、冬の間中1回も布団を干さなくてもなんとも思わない。こういう性格への後ろめたさはあるけれど、結局面倒がいつも勝ってしまうので「生活力」にまったく重きをおかずにこれまで生きてきてしまった(念のため書いておくけれど、親の教育ではなく私の怠惰が一番の原因です)。

そんな性格の癖に、就職するまでは漠然と「働き始めたら一人暮らしをするんだろう」と思っていた。ニッセンのカタログをみてワンルームに思いを馳せ、「カーテンはピンクがいいかな?」などと妄想することもしばしばあった。今思えば10年単位で洗っていない自室のカーテンをなんとかすべきだと思う。

 
そして成人し、就職してすぐに転勤を命じられ、丸2年ほど兵庫県西宮市の甲子園球場の真横で一人暮らしをしていた。
生活って大変だ。母親に甘えていたつけが一気にまわってきた。当たり前だが、掃除以外の家事もたくさんある。自分の持ち時間のほとんどを自由時間だと思っていたが、そんなことを言っていられなくなった。

ゴミ捨ての時間に起きられなくて辛い、皿洗いってどうしてこんなに不快なの、毎日アホみたいに残業して帰って寝てるだけなのに、どうして部屋が散らかるの!……。

六甲卸とメガホンの音を聴きながら泣く泣くやっていた家事も次第に追いつかなくなり、東京に戻る頃には10畳のワンルームは現代アートのような状態に仕上がっており、引っ越しを手伝いにきていた祖父母にたいそう心配された。

 
生活力がない。ちょっとした工夫や気遣い、思考でこの瞬間を豊かにしよう、というほど生活に気が回らない。考えるのはいつも頭の中のエンタメや、風がきもちいいなー、今日は気持ちが安定しているなー、というよしなしごと。そういうことも生活力を高めていけばもっと楽しめたり心地よくできたりするのだけれど、それは分かっているのだけれど、そこは面倒くさい。

いつしか「生活力のない自己を成長させよう」という気持ちは萎んで「できないもんはできないんだからホテル暮らしをしよう」という考えが芽生えていた。

そうしてだんだんと歳を重ねるごとに「そろそろ改めて、家族から離れて暮らす厳しさを学ばなければ」とも思い始めて今に至る。



「WISE OWL HOTELS」は東京を中心に展開しているドミトリータイプのホテルだ。1カ月以上の長期滞在や、「平日は泊まって休日は自宅へ帰る」というような2拠点生活も積極的に支援している施設である。

unitoで申し込むと、条件によっては1カ月32600円〜暮らすことが可能とのこと。中央区で一人暮らしをかなえようと思ったら、最低でもこの3〜4倍はかかる。そもそもここに済むと決めたわけではないが、格安料金で試泊ができるとのことでやってきた。 
一人暮らしをしていた時、「掃除をしたくない、こまごまと生活を整えていく作業からできるだけはなれたい」という理由だけでなく、自分以外の音がないのが本当にさみしかった。
ひとりが好きなくせにひとりぽっちはいやだから、そういう意味でもシェアハウスは魅力的だった。

freeWi-Fi完備、共用キッチン有り、ベッドもドミトリーではあるが周囲が気にならず、割と広々使える。場所柄なのか、他の宿泊(入居)者も静かで落ち着いている印象だ。

少し眠って、すっかり暗くなった八丁堀を歩いた。近くのマルエツではぶなしめじが1パック154円もしてオイオイ、と思った(一応こういう常識はある)。少し歩いたところにあったまいばすけっとは、激安とは言えないが許容範囲だったので安心した。
ホテルまでの帰り道やけに感傷的になって、これまでの生活を思い返してしみじみ親に感謝した。ちょっと泣きそうになったけれど、悲しいんじゃなくて心細いんだった。

毎日ちょっとづつ耐えられないこともない不安やこなさないといけないノルマがあって、それを達成して消化していくのが生活だ。これまで私が自分のことだけ考えてこられたのは、間違いなく両親が支えてくれたからなのだった。別に実家をでる理由もない。仲も悪くないし。でも私は人より何倍も成長に時間がかかるので、そろそろ別の場所で暮らして生活力をつける練習をしておかないと、数十年後に不安に勝てなくなってしまう。

生きていくというのはこんなに心細いものなのだ。ほとんど丸い心臓が細くなるんだから異常事態だ。そりゃ仲良くもない人とつるむし、好きでもない人とつき合うし、楽しくもないのに笑わないとやってられないわなー。それがしたくなくて、やりたいことだけやらせてもらった。

耳の内側で台風クラブの「火の玉ロック」がリフレインしていた。足りない物語の欠片を編んでいる。温かい春の風の中で。くだらない日々の上の空で。俺はいつか忘れてしまう。星があったこと。

鼻を啜る音はさみしい。生活について深く考えた初夏の夜だった。

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