コロナ禍のネパールの教育

私たちの活動地域であるネパール。新型コロナウイルスによる学校閉鎖が続いていますが、ネパールの教育は現在どのような状況なのか。まずコロナ前の社会・教育状況を振り返り、現在政府の講じている対策を概観した後、成果と今後の課題について述べてきたいと思います。

1.ネパール社会へのコロナの影響

ネパールでは新型コロナウイルスの感染者が1月に確認されて以来、感染防止に努めてきましたが、3月19日に全教育レベルでの学校閉鎖を発表、23日よりロックダウンが開始されました。ネパールの学期は日本同様、4月始まり、3月終わりで、日本で高校生にあたる、10-12年生は学年末試験を終えることができず学校閉鎖に入ってしまいました。現在も学校閉鎖は継続中で、約820万人の児童・生徒・学生が学校へ行くことができない状況が続いています。一方で、7月中旬になり山岳地帯など感染拡大が抑えられている地域で、学校の再開が検討され始めています。ネパールは感染が拡大期に入る前にロックダウンを開始したことから当初は感染を抑え込めていたと言われていますが、6月に移動制限を解除、インドからの労働者などが帰国するにつれて感染が拡大7月16日現在で、治癒者も含めた累計感染者数は17,177、死者は39となっています

2.コロナ前のネパールの社会・教育

ネパールにおける教育セクターのコロナ対策を理解する前に、ネパールが置かれた状況や文脈を整理しておきます。2011年のデータでは、全人口は2650万人。その中に125の民族、123の言語が存在する超多民族国家です。
またつい最近ニュースになりましたが、長らく最貧国と言われていたネパールは2019年のGNI per capitaが1090ドルとなり世界銀行が設定した最貧国の基準を超え、最貧国を脱出しました。嬉しいニュースである一方で、この数字の裏には海外での出稼ぎ労働者などによる海外送金の影響があります。2019年の数字でネパールのGDP比で27.3%が【海外送金】です。出稼ぎ労働者が多いイメージがあるフィリピンでも海外送金のGDP比が9.9%、南アジアの他の国でも多くて8%程度であることからネパール経済における海外送金がいかに突出しているかが分かります。海外送金が大きな割合を占める背景には、ネパール内戦や2015年の大地震により国内で職を見つけられない人たちが中東を中心に出稼ぎに出かけたことが背景にあります。

教育セクターにおいてはMDGsの指標では大きな改善が見られました。小学校の修了率は大きく改善し1-8年生の就学における男女の格差が解消しています。一方で、課題として挙げられているのは【学習の質】で、最近の調査でネパール全土の5年生のうち55%は基本的なネパール語の読解能力を満たしていないことが分かっています。

2016-2022年度までのネパールの教育セクター計画(SSDP)においても、最優先課題として挙げられているのが、【学習の質】の改善です。その他にも、学習における【公平性】の改善が挙げられ、障害児やカースト制度で下位に位置づけられてきたダリットの子どもなどへ配慮した教育を実施することが目指されています。上の2つの課題はSDGsの教育目標と合致する内容となっています。

加えてネパールにおいて特にハイライトされている課題は、【連邦制】による教育行政と、【震災からの復興】です。2015年の憲法で、国が【連邦制】のもと統治されることが正式に決定し、教育分野においても教育行政が大幅に分権化されることがなりました。詳しくは以前のサルタックネパールのブログを熟読していただきたいのですが、村や市といった単位が教育に関して大幅な権限を担うことになりました。そのブログの中でも懸念として挙げられているのが村や市の行政官の低いキャパシティレベルです。これを向上する計画がSSDPにおいても記載されています。最後に【震災からの復興】。2015年の大地震では学校が崩壊するなど大きな被害が出ました。校舎の復興など安全な学習環境の整備に加えて、災害に対するレジリエンスを高めるための人材育成も鍵になっていました。

3.教育セクターにおけるコロナ対策

このような状況の中で2020年3月中旬、新型コロナによる学校閉鎖が始まってしまいました。教育セクターにおいてはCOVID19 Education Cluster Contingency Plan2020が策定され、ネパール政府、ドナーが新型コロナ対策を講じていくことを確認しました。(注:ググるとネパール教育省のHPにContingency PlanのPDFがありますが、私はウイルスソフトが起動してしまったので取り扱いには気をつけてください!)

この計画では、学校閉鎖が7月中旬まで、9月まで、2020年度の全体まで伸びてしまう場合のそれぞれについて場合分けがなされて、インターネット、携帯、ラジオへのアクセスや障害の有無によっても介入を分けると書かれています。その上で大きく3つの方針が発表されました。

3.1.学校・教育関係者のキャパビル

村や市レベルの役人や学校の先生が、学校閉鎖期間中も学習を継続させ、また学校再開後に感染防止策を講じながら学習を継続させるための方法(例:手洗い)をキャパビル。これらのキャパビルを対面ではなくオンラインで行う旨も記載。

3.2.感染防止対策・支援

コロナ禍における学習者のカウンセリングや間違った情報を信じてしまわないように、SNSやラジオなどメディアによる啓発を行う。学校再開後の学校の衛生環境の改善(例:トイレの設置、マスクの配布、生理用品の配布)や栄養の改善(例:学校給食)。

3.3.公平性を担保した上での学びの継続

オンライン学習ポータルや学習アプリの開設、障害児に配慮した教材も含めた、自主学習教材の作成、親向けの家庭学習支援資料の作成。accerelated learning(通常のカリキュラムにキャッチアップするための短期集中型の学習プログラム)の実施。

4.成果と課題

オンライン学習ポータルに関しては5月には既に始動していて、ビデオやオーディオ、eブック、学習ゲームを駆使し、スピード感のあるオンライン教育への対応が行われています。また教員やNGO、地方政府が一体となってラジオによる遠隔授業が行われた事例もあり、1-10年生の10万人を超える児童・生徒に裨益していると報告されています。

一方で、課題に挙げられるのが社会的に脆弱な環境にいる子供たちのコロナ禍、コロナ後の学習の継続です。教育省がオンラインやラジオを使ってなんとか学習を継続しようとしているものの、2019年のUNICEFのMICSの調査では家庭内でインターネットを利用できる世帯は51%しかなく、携帯からラジオを聞くことができる場合もあるようですが、ラジオの保持率も全世帯の3割程度です。オンラインなどの遠隔学習が一般的ではないことを示しています。

先のContingency Planでは学校再開後に経済レベルが低い家庭を中心に児童労働や家事労働から不就学や退学が増えるだろうと予想しています。インターンの古谷さんが「新型コロナによる女子教育の影響」についてブログを書いてくれましたが、女児についてこれらの傾向が特に大きくなるとも予想されています。先に、ネパールにおいて海外送金が経済に持つ意味合いは大きいと書きましたが、中東諸国などで経済がストップしすでに失職している出稼ぎ労働者が多いと報告されていることから、仕送りが大幅に減少していることは容易に想像でき、出稼ぎ労働者の家庭では、前借りの借金の返済などの経済的困窮から子どもの教育どころではなくなってしまう可能性もあります。

5.まとめ

これまでに経験したことのない感染症の拡大の中で、ネパール政府や援助機関は今できる最大限の対策を講じています。全ての子供たちが学習危機に直面していますが、特に貧困層、女児、障害児など社会的に脆弱な環境にいる子供たちの学習の継続が危ぶまれています。

サルタックはネパール政府に先んじて、facebookHPで自主学習教材を配布してきました。facebookページへのいいね数も5600に達するなどネパール国内では大きな反響を呼んでいます。一方でオンラインへのアクセスがいまだに一般的ではない状況で、多くの子どもたちの学びの継続に貢献しきれていないことに歯がゆい思いをしてきました。そこで支援が届きづらい都市部の貧困層の子供たちを対象に学習教材を”紙で”配布する計画を立てました。家庭ではなかなか親の学習サポートが受けられないことから、大学生や教員と協力して、対面での学習支援も実施する予定です(感染状況を見ながら政府と歩調を合わせます)。

もしこの記事を読んでネパールの貧困層の子どもたちの学習継続のために協力したいという方がいらっしゃいましたらクラウドファンディングでの寄付を宜しくお願い致します。サルタックはこれまで国際社会が協力して取り組んできた学校へのアクセス・学習の質の状況の急激な悪化を食い止めるために、今できることに取り組んでいきたいと思います。

山田 哲也

緊急クラウドファンディング実施中「ネパールの子供達が学校閉鎖中も学習できるように支援したい!」

https://readyfor.jp/projects/38876


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