【スタッフブログ】命を懸けて、ホロコーストの真実を世界に伝える――映画『アウシュヴィッツ・レポート』
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【スタッフブログ】命を懸けて、ホロコーストの真実を世界に伝える――映画『アウシュヴィッツ・レポート』


現在シネ・ギャラリーで上映中の、『アウシュヴィッツ・レポート』。

第二次世界大戦下の実話に基づくドラマで、主人公はアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の実態を世界に訴えるため、収容所から脱走を図ることに。
脱走は成功するのか? 収容所の実態を世界に伝えることができるのか?
是非スクリーンでご鑑賞ください。

この作品は、第93回アカデミー国際長編映画賞にノミネートされました。
スタッフのラウペが、『アウシュヴィッツ・レポート』について語ります。

命を懸けて、ホロコーストの真実を世界に伝える――

アウシュヴィッツに収容されているユダヤ系スロヴァキア人、アルフレートとヴァルターは1944年4月、強制収容所から脱走した。そこで行われている大量虐殺の証拠を持ち出し、世界に訴えるために。彼らは板材の下に隠れ、収容所の外に出る機会を窺っていたが、その間にも脱走を知った親衛隊員たちによる同房の者への執拗な追及が行われていた・・・

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簡素な板張りの収容棟が並ぶ強制収容所の雰囲気は非常にリアルで、収容者たちがどのような暮らしをしていたかが窺われるのですが、物語は早速二人が脱走を実行する第1日目から始まります。
ところが、板の間に隠れた二人はなかなか脱出の機会が訪れない。
同房の仲間は逃げた二人が捕まるまで房の前で立たされ、飢えと寒さに耐え忍ぶことになる。

映画は脱走した二人と残された者が虐げられている場面をかなりのウェイトで描き、そこで行われている非人間的行為をクローズアップしていきますが、実際の強制収容所では逃げ出した人数の10倍に相当する収容者を見せしめのために処刑することが日常的に行われていたとされ、本作で描かれている虐待場面はこれでも現実よりは多少緩いといえるのかもしれません。

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ようやく機会をみて脱走した二人はなんとか国境を越え、赤十字の職員との面会に成功する。
二人の報告はあまりに悲惨な内容であり、赤十字の職員はなかなか信じようとしない・・・

映画は脱走から報告までのプロセスを極端に簡素化し、実際にどのような形でレポートが世界に伝わったのかを説明していません。
赤十字の職員がテレージエンシュタットでドイツの“人道的収容所”について報告を受けた旨のセリフがありますが、実際にテレージエンシュタットの収容所に赤十字の視察が行われたのは彼らの脱走が行われた2か月後の1944年6月のことで、事実関係には時系列的なことを含め脚色があります。
当時の赤十字は、ドイツと国境を接したスイスに本拠があること、同じドイツ語圏にあるという事情からドイツの非人道的行為に対して非常に及び腰であり、担当者の非協力的ともいえる態度にはそれなりの根拠のあることは間違いありません。

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予告や公式サイトなどで「ハンガリー系ユダヤ人12万人が移送されるのを免れた」とするキャッチコピーは、スロヴァキア人のレポートがなぜハンガリーのユダヤ人の移送阻止に繋がるのか、風が吹いたら桶屋が儲かる式の話で、これだけではなんのことだか分からないのですが、その経緯は以下のとおりです。

そもそも、この映画の元となった「アウシュヴィッツ・レポート」とは、「ヴルバ=ヴェツラー・レポート(Vrba–Wetzler report)」と呼ばれているもので、映画のモデルとなった二人のユダヤ系スロヴァキア人、ルドルフ・ヴルバ(Rudolf Vrba)とアルフレート・ベッツラー(Alfréd Wetzler)によるものです。
二人は1944年4月7日に板の間に隠れてアウシュヴィッツから脱走し、ポーランドからスロヴァキアへの国境を抜けて保護されました。
当時のスロヴァキアはドイツの保護国としてチェコスロヴァキアからは独立した国家であり、国内にはユダヤ人の代表機関としてユダヤ評議会がありました。
二人の報告はまずユダヤ評議会で行われ、そこで33ページにわたるレポートが作成されました。
ナチスの傀儡政権下にあるスロヴァキアからレポートが持ち出され、各国のユダヤ人評議会、マスコミへと伝わった、というのが公表までの経緯。

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当時のハンガリーは枢軸側についており、摂政のホルティが実権を掌握していましたが、国内のハンガリー系ユダヤ人の強制収容所への移送に難色を示してなかなか実現していない、という事情がありました。
これを早急に実行すべくドイツから派遣されたのがアドルフ・アイヒマンでしたが、連合軍のノルマンディ上陸後、二人のレポートが広まったことを受け、1944年7月のブダペスト爆撃に際し連合軍は「ユダヤ人移送を計画する者は責任を問われる」とのビラを投下、ホルティの圧力により当面の移送は中止となったのです。このときに移送を免れたのが12万人ということです。
しかし、1944年10月ドイツは枢軸側から離反の動きのあったハンガリーでクーデター「パンツァーファウスト作戦」を実行し実権を掌握。ホルティは軟禁され、アイヒマンは移送を再開、終戦間際のヒムラーによる移送停止命令にも従わず、合計40万人に及ぶハンガリー系ユダヤ人の移送を行っています。

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この“12万人”という数字にどの程度の意味があるのか?というと、その後の移送が滞りなく行われたという事実に照らしても実際のところ象徴的というほかない数字ではあるのですが、数字の大小はともかく、レポートが、ナチスによるホロコーストの事実を公表した戦時中では貴重な告発として果たした役割は決して小さくない、ということは確かだと思われます。
監督はこの映画で希望となるのはヒロイズムである、と言っていますが、レポートが国際的に認知され、その結果ハンガリーのユダヤ人の一部を救った、という歴史的経緯よりも、個人が自己の犠牲を厭わず、非人道的な行いの告発に捧げた精神を描きたかったのだと思います。

映画の冒頭、「過去を忘れる者は、必ず同じ過ちを繰り返す」というジョージ・サンタヤーナの警句を掲げ、エンディングには世の中に溢れる極右勢力による民族排斥と差別発言のコラージュによって、再び悲劇が繰り返されることのないようメッセージを送っているのです。
ポピュリストや安直な陰謀論に傾きがちな勢力が民族排斥を訴えることは、遠いヨーロッパの話ではなくて今や世界中の至る所で聞かれ、こうした警句が単なる掛け声で終わることの危険性を改めて訴えているともいえます。
何度でも、繰り返し、悲劇のあったことを忘れない、そこに至る歴史を知り、そうならない道筋を選択することがどれほど重要か、改めて問い直す必要があるのだろうと思います。(ラウペ)


静岡シネ・ギャラリー上映期間・時間

『アウシュヴィッツ・レポート』

2021/9/3(金)~9/23(木)迄上映
2021/9/3(金)~9/9(木)
①9:50~11:25
②13:30~15:05
2021/9/10(金)~9/16(木)
時間未定 決まり次第掲載

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静岡市葵区御幸町にある、サールナートホール/静岡シネ・ギャラリーです。 定期的に演奏会、講座などのイベントを開催。3階には、映画館・静岡シネギャラリーを併設。 当館で開催するイベント、上映する映画の情報などを発信します。 http://www.cine-gallery.jp/