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平安時代の「蘇」の作り方に関する比較実験

このマガジンは平安時代の乳製品「蘇」の製法による色の違いについての追求をまとめたものです。今回は、実際の比較実験の過程と結果をご紹介したいと思います。

なぜこの追求を始めるに至ったかについては「平安時代の「蘇」の作り方に関する試行と考察 〜はじめに〜」に記しました。

また、蘇のおいしい作り方については「メイラード反応を考慮した「蘇」の作り方と加熱条件による味わいの違い」に記したので、今すぐ作りたい人はそちらを読むことをおすすめします。

さて、「蘇」の作り方は「牛乳を固形になるまでひたすら煮詰める」というごくシンプルなものですが、なぜかネット上で見かける写真には白っぽいものやキャラメルのような褐色のものなど様々な色合いのものが存在します。この理由を追求すべく蘇の作り比べを行いました。

メイラード反応が関係しているのではないか?

蘇が褐色に色付くのは材料や製法から推測するにおそらく「メイラード反応」による現象であると考えられる。(カラメル化や焦げとは別の反応なので注意)

牛乳に含まれる乳糖の「カルボニル基」という部位と、タンパク質の「アミノ基」という部位が複雑な反応をし、メラノイジンという成分が生成される。

以前、缶入りのコンデンスミルクを湯煎にかけると生キャラメルができるという記事が話題になったことがあるが、これもメイラード反応によってコンデンスミルクが褐色に色付いたものだ。この反応は牛乳以外にも、肉を焼くと風味が良くなったり、パンの皮がきつね色に色づいていい香りがしたり、料理や食品生産の様々な現場で活かされている。

仮説:加熱時間が蘇の色に影響を与えている

メイラード反応による褐変は一般的に、加熱時間が長いほどよく進むことがわかっている。また、Twitterで流れてくる情報を眺めていると、後から投稿した人たちや「短時間でも簡単にできますよ」と言っている人ほど色が薄い傾向があるように見えた(ここは詳しく検証していないので、単なる筆者の印象である)。

そこで、短時間で手早く煮詰めたものよりも、長時間かけてじっくり煮詰めたものの方がより褐変が進むのではないかと仮説を立て、2時間で手早く煮詰めたものと8時間かけてじっくり煮詰めたものの2つを作り比べてみることにした。

比較①加熱時間を変えて比べてみた

加熱条件は以下の通り。
使用器具:直径21cm程度の厚手のフライパン(テフロン加工のもの)とIHヒーター
材料:1リットルの牛乳(同じメーカーの同じロットのもの)

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A:8時間かけて煮詰める(すぐに煮詰まってしまわないよう、気泡は上がってこないが絶えず湯気が上がる程度の火加減を保って煮詰めた。序盤は弱中火、中盤以降はとろ火〜弱火)
B:2時間かけて煮詰める(細かい気泡がプツプツと上がってくるくらいの火加減を維持して煮詰めた。中火〜弱めの強火)

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結果は以下の通り。

A:とろ火〜弱火で8時間
→ほとんど褐変が起こらずバターのような色に(写真左)
B:中火〜弱めの強火で2時間
→褐変が進み、クラフト紙のような色に(写真右)

残念ながら仮説とは逆の結果に。味わいも、Aはバターやフレッシュチーズのようなミルキーかつやや酸味を感じる香りで、牛乳の風味をほぼそのまま残しているのに対し、Bはクッキーが焼ける時のような香り(メイラード香)が付与されていて、しっかりとメイラード反応が進んでいるということがわかる。

どうやらじっくり煮詰めることに集中した結果、Aは加熱温度が低過ぎて、メイラード反応が進まなかったようだ。想像した通りの結果にはならなかったが、以下のことがわかった。

・メイラード反応をさせるなら、軽くふつふつとする程度以上の火力で加熱し続ける必要がある。
・沸騰しないような火加減でじっくりと煮詰めると、メイラード香の付与されていないタイプの蘇ができる。

上記を踏まえて改めて次のような仮説を立てた。
軽くふつふつとする程度の火力で加熱し続けた場合、長時間かけて煮詰めた方がより褐変が進み、より色や風味の濃い蘇ができるのではないか(逆に、短時間で煮詰めたものはより白っぽく風味の薄い仕上がりになるのではないか)

比較②一度に作る分量を変えて比べてみた

加熱に使う器具(フライパンやIHヒーター)と火加減を変えずに加熱時間を調節するには、使用する牛乳の分量を変えるのが良い。

ということで以下の条件で再度蘇を作った。

使用器具:直径21cm程度の厚手のフライパン(テフロン加工のもの)とIHヒーター
火加減:細かい気泡がプツプツと上がってくるくらいの火加減を維持して煮詰める。中火〜弱めの強火。
材料:牛乳(同じメーカーの同じロットのもの)
 C … 0.5リットル(所要時間:1時間)
 D … 2リットル(所要時間:5時間半)

結果は以下の通り。

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C:中火〜弱めの強火で1時間
→ごく若干色付いた箇所はあったがほとんど褐変が起こらずバターのような色に(写真左)
D:中火〜弱めの強火で5時間半
→Bよりもさらに褐変が進んでキャラメルのような色に(写真右)

比較①で作ったものと並べて見ると色の違いがよりわかりやすいだろう。

左上:B 右上:A
左下:D 右下:C

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中火で1時間(右下)<中火で2時間(左上)<中火で5.5時間(左下)
と、火加減を同様にした場合、加熱時間が長くなるにつれて色が濃くなっていることがわかる。

食べてみると、1時間で煮詰めたもの(C)はミルキーのような風味がついて、同じ白色の蘇でも弱火で8時間煮詰めたもの(A)とは味わいが異なる。目で見てわかるほどではないにしても、強めの火加減で加熱したことでCも若干、メイラード反応が進んだものと考えられる。

また、CよりもB、BよりもDと、加熱時間が長くより色が濃いものの方が、より一層メイラード反応が進み、風味も豊かになっていた。詳しい味の違いについては「メイラード反応を考慮した「蘇」の作り方と加熱条件による味わいの違い」に記したので、そちらをお読みいただきたい。

結論と考察

比較①と②を踏まえて以下のことがわかった。

・メイラード反応をさせるなら、軽くふつふつとする程度以上の火力で加熱し続ける必要がある。
・沸騰しないような火加減でじっくりと煮詰めると、メイラード香の付与されていないタイプの蘇ができる。
・同じ火加減で加熱した場合、加熱時間が長いほどメイラード反応がよく進み、色や風味が濃くなる。色や風味の濃い蘇を作るには、牛乳の量を増やすか、口径の小さいフライパンや鍋を使用するとよい。

おそらく、蘇が白く仕上がった人は
・少ない量の牛乳または広口のフライパンを使い、短い時間(1時間前後)で煮詰めた
・焦げないよう火加減を抑えた(ふつふつとしない程度のとろ火〜弱火)結果、加熱温度が足りなかった
のいずれかなのではないかと考えられる。

なお平安時代に記された『延喜式』によると当時の蘇の製法は「乳大一斗煎得蘇大一升」つまり、一斗(約18リットル)の牛乳を煮詰めて一升(約1.8リットル)の蘇を得るというものだったそうだ。どのような鍋を使っていたのかは不明だが、おそらく出来上がるまでにはある程度の時間を要したのではないだろうか。この点を踏まえると、より当時の蘇に近いのは比較②で作成したDのような色の濃い蘇であったと推測される。

これを読んで蘇を作ってみようという方は、もし時間があればぜひ、多めの牛乳を時間をかけてじっくり煮詰め、より本式の蘇に挑戦してみてほしい。2リットルで400g程度できてしまうが、冷凍保存も可能である(冷凍については「メイラード反応を考慮した「蘇」の作り方と加熱条件による味わいの違い」の末尾に詳しく記した)。

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