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メイラード反応を考慮した「蘇」の作り方と加熱条件による味わいの違い

平安時代の乳製品「蘇」。その作り方は「牛乳をひたすら煮詰めるだけ」という実にシンプルなものですが、煮詰め方次第で白くなったり茶色くなったり見た目が変わるだけでなく、風味にも違いが出てきます。実際に食べてみると真っ白な蘇とキャラメル色の蘇では全く別物。それぞれ違ったおいしさがあるので、ぜひポイントを押さえてお好みの蘇作りに挑戦していただければと思います。

そもそも蘇とはなんぞや?という方は、マガジン第一回の「平安時代の「蘇」の作り方に関する試行と考察 〜はじめに〜」をお読みください。

蘇の作り方

まずは基本的な作り方について。材料は牛乳だけでOK。一度にどれくらいの量を作るかでも味に違いが生じますが(詳細は後述)、0.5〜2リットル程度が良いと思います。

1.鍋に牛乳を入れて火にかける。
焦げ付きやこびり付きを防ぐため、鍋はテフロン加工のものを使うと作りやすいです。深めのフライパンでもOK。はじめは強めの火加減で牛乳が沸騰するまで火にかけます。

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2.牛乳の水分を飛ばす。
牛乳がふつふつとしてきたら火加減を調節します。底が焦げ付かないようときどきヘラなどで混ぜながら煮詰めていきます。

<火加減の目安>
・しっかりと色や風味を付ける場合
 プツプツと気泡が上がってくる状態を維持する程度(中火くらい)
・色や風味を付けずに仕上げる場合
 気泡が上がってこないが湯気は上がる状態を維持する程度(弱火くらい)

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3.練り上げる
水分が減って混ぜたときに鍋底が見えるくらいになってきたら、焦げやすいのでこまめに混ぜるようにします。もったりとしてきたらとろ火〜弱火にしてよく混ぜながらさらに煮詰めます。ぼてっとした塊になるくらいまで煮詰めたら火を止めましょう。

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4.まとめる
形を整え、粗熱が取れたら冷蔵庫で一晩寝かせて出来上がり。しっとりやわらかめに仕上げる場合は、水分が逃げないようにラップでぴったりと包み、さっくり硬めに仕上げる場合は、適度に水分が抜けるようクッキングシートに包むのがおすすめです。

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蘇の色が変わる理由

牛乳を加熱すると「メイラード反応」という化学反応により「メラノイジン」という褐色色素が生じます。これが蘇が褐色になる理由です。(詳しくはまた別の記事で解説しますね)

メイラード反応では色が付くだけでなく、独特の風味が付与されます。肉を焼くと風味が良くなったり、パンの皮がきつね色に色づいていい香りがしたりするのもこの反応によるもの。

メイラード反応によって生じる風味は、反応のもととなる物質や加熱温度によっても変わりますが、蘇の場合はクッキーが焼けるときのような香ばしいにおいがつくことが多いように思います。

蘇の色と味わいの違い

4パターンの加熱条件で蘇を作ってみたところ(詳細はまた別の記事で解説します)以下の4種類の蘇を作ることができました。

・非メイラード蘇:ほとんどメイラード反応をしていない蘇(写真右上)
・低メイラード蘇:少しだけメイラード反応をした蘇(写真右下)
・中メイラード蘇:ほどほどにメイラード反応をした蘇(写真左上)
・高メイラード蘇:しっかりとメイラード反応をした蘇(写真左下)

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非メイラード蘇はメイラード香がほとんど付いていないので、純粋に牛乳を煮詰めただけの味。バターのような色合いで、香りもバターやフレッシュチーズに似ています。味は、脂っ気のない無塩バターや、酸味のないカッテージチーズの味を想像していただくと近いかもしれません。かなり淡白な味なので、塩とブラックペッパー、オリーブオイルなどで味付けして食べるといい感じです。サラダに使ったり、果物と合わせたりしても良さそう。

低メイラード蘇は、見た目は非メイラード蘇とほとんど変わりませんが、ほんのりとミルキーのような甘い香りがします。蜂蜜を少量つけて甘味を足すと、練乳のような味わいになります。小さく切ったいちごと一緒に食べるとおいしいです。

中メイラード蘇はクラフト紙のような色で、ミルク香とともにクッキーが焼ける時のような香りがします。蜂蜜をつけて甘味を足すと焼き菓子のような味わいになっておいしいです。あれこれ足さずにシンプルに食べるなら断然メイラード反応をさせた蘇がおすすめですね。また、非メイラード蘇と同様、塩と胡椒、オリーブオイルを絡めてももちろんおいしいです。メイラード反応によって生成された風味と混ざり合ってより複雑な味わいに。お酒と一緒に食べても良いと思います。

そして高メイラード蘇は、他の蘇とは段違いの絶品です。これまでの蘇はあくまで「牛乳を煮詰めたもの+α」の味でしたが、これくらいメイラード反応がしっかり進んでいると、もはや牛乳とは別物の新しい食べ物になっています。身近な食べ物で例えるなら、甘味を限りなく抑えたキャラメル、というのが近いかもしれません。うま味やコク、複雑な香りが付与され、豊かで奥深い味わいを醸成しています。いわゆる牛乳くささのようなものはなくなり、何も知らない人が食べたら、原料が何か分からないかもしれません。

高メイラード蘇にほんの少し蜂蜜をつけて食べると、もはや現代人も満足する完成されたスイーツに。「老舗和菓子店で創業当時から愛されている商品です」と言われても納得する味。5.5時間煮詰めるのはめんどくさいと言われてしまうかもしれないけれどこの記事を読んでいる全ての人に食べていただきたい。

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高メイラード蘇は蜂蜜の風味とは相性が良いのですが、オリーブオイルやブラックペッパーは香りが喧嘩するので避けた方が無難です。お酒のお供などにするなら塩をパラリと振るくらいが良いかと。果物との相性はいいと思います。甘酸っぱくてジューシーなものと合わせると◎です。

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火加減と煮詰め時間で変わる蘇の味わい

では、好みのメイラード加減に蘇を仕上げるにはどうすれば良いのか。そこでポイントとなるのが火加減と煮詰め時間です。

メイラード反応は一般的に、加熱温度が高いほど、また、加熱時間が長いほどよく進む傾向があります。このことと、4パターンの加熱条件で蘇を作ってみた結果から、概ね以下の傾向がわかりました。

①低温でじっくり煮詰めるとメイラード反応が起こりにくい。ふつふつとする程度の温度で煮詰めるとメイラード反応が起こりやすい。

メイラード反応による風味をしっかりと付けたい場合には、ふつふつとするくらいの火加減を維持して煮詰め、メイラード反応による風味を付けずに牛乳の味わいだけを濃縮したい場合には、ふつふつとはしないが湯気は上がるくらいの火加減を維持してじっくり時間をかけて煮詰めます。

②牛乳の量を多くしたり、直径の小さい鍋を使って時間をかけて煮詰めると色が濃く風味の強い蘇になる。

同じ火加減でも、煮詰め時間が長くなればなるほどメイラード反応がよく進むので風味が強い蘇になります。同じ鍋でも牛乳の量を増やせば、その分煮詰めるのにかかる時間は長くなりますし、同じ牛乳の量でも、鍋の直径が大きければより短い時間で煮詰まります。したがって、よりメイラード反応の進んだ蘇を作りたい場合には、直径の小さい深い鍋になるべくたくさんの牛乳を入れて煮詰めるのが良いですし、逆に色の薄い蘇を作りたい場合には、広口のフライパンに500ml程度の少量の牛乳を入れて短時間で煮詰めるのが良いでしょう。

私が直径21cmのフライパン+IHヒーターを用いて実験した際には
・牛乳1リットル/弱火 → 8時間(非メイラード蘇)
・牛乳0.5リットル/中火 → 1時間(低メイラード蘇)
・牛乳1リットル/中火 → 2時間(中メイラード蘇)
・牛乳2リットル/中火 → 5.5時間(高メイラード蘇)
という結果になりました。好みのメイラード加減の蘇を作りたいときの参考にしてみてください。(非メイラード蘇については、他に比べて煮詰めに時間がかかりますし、メイラード反応をさせる必要はないので、実際に試してみる場合は半量の0.5リットルではじめるのが良いと思います。)

蘇の保存について

基本的にはラップに包んで冷蔵保存してください。水分が少ないとはいえ乳製品ですし自家製なので、腐ったりカビが生えたりする前に早めに食べ切った方が良いと思います。

たくさん作りすぎて食べきれない場合には、冷凍保存が可能です。食べやすい大きさに切り分けてラップに包み、におい移り防止のためジップロックなどに入れて冷凍庫へ。食べるときは自然解凍してください。

次回の記事では、蘇のおいしい食べ方についてご紹介します。
どうぞお楽しみに。


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