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あたしが今読んでいる本(地噺 短編小説)

 あたしがさ、今読んでる本はさあ、実は超久しぶりに読み返してる本なわけ。久しぶりってどのくらいかってえとさー、ええ? いつぶりだっけ? たぶん中学ぶりじゃないかなあ。中学生のとき読んでた本を、いい大人になってからまた読んでるわけ。でさ、なんかあ、大きくなって読書なんてしなくなったわけだけどもお、読んでみると案外読めるのよ。そりゃ、普段仕事で書類は読むよ、フツーに。ね? 現場で確認する設計図面だってさ、まああれも文字っちゃ文字だもの。だからさ、文字を読めないってことはないわけ。ね? それはわかってたんだけども、読んでみるとありゃ、そうか、あたしはね、まだね、本を読めるんだなあとね。こう思うわけ。でしょ? というわけなんですよ、ええ、そうそう。だからね、それがね、ああ嫌だよビールなんてね、もうひとつ、これ、いただきますよ。んーん、あったかくしてもらって。熱々は嫌ですよ、ね、いい塩梅に頼みますよそこんところ、ねえ、ほんとにほんとに。だからってえと、あのね、こういう店に来てるわけだから、ちゃんとお願いしないと駄目なの。ね。あんな泡立ってるくせにすぐしぼんじゃうような飲み物じゃあ駄目なの。ね、こういう店なんですから、それに合ったおいしいのをいただかないとね。いやビールがね、なんでも駄目だなんて言わないよ、あたしはビール大好きなんだから。そうじゃなくてビールはね、今の気分じゃないってだけ、それだけの話なの。ほらね、大将はわかってるんですよ。あたしがどういう話してるかってことをね、わかってるから、これがね、触ってみな、ぬるいでしょ。これがね、わかってるってことなんですよ、そういうことでね、はい、いただきます。ああおいしい。

 そんでねえ、あーた、あたしをね、並の読書家だと思っちゃ困るって話です。並の読書家だなんて、そんなのは願い下げだってこと。並っつーのは、牛丼で言ったらご飯が百六十グラムなの。え? すき家の話なんかしてないよ、牛丼つったら吉野家、わかる、吉野家。ご飯が百六十グラムで、その上に九十グラムの肉が載ってるわけ。ね、そういうのをね、並っていうわけ。だから並ってのはえらいんですよ。合わせたら二百七十グラムで、それを三百八十円ぽっきりでいただけるってのはね、企業努力よ、企業努力! たまんないねえ。ああやってスプーンなんか使わずにね、カカカッとどんぶり全部いただくのがね、筋ってもんでしょ。筋はね、通さないといけないんですよ。今はね、筋通すとかって言うとみんな大仰なことを考えるけれどもね、ああいう態度こそがね、筋。筋ってそういうことだと思うんだよねえ。あ、空ね。おんなじのでいいの、おんなじので。おーんなじのがね、それがね、筋ってもんです。

 いやね、あたしが言いたいのはだね、並がスゴイってことです。だからあたしはね、並でもなんでもないの。下ですよ、下。だってね、普段読んでないんだもん、本。読書してねえんだから、読書家ではないですね。下の酒飲みだ。がははは。下戸ではないねえ。下戸じゃないが下の下だねえ。うはははは。ひっく。あー、もう一本! いいの、あたしが全部出すんだから。いいのいいの、気にしないでよお。おれがぜーんぶ飲むんだからさあ。

 だけどね、ここからはびっくりする話かも、ひっく、しれないねえ、ひっひっひっく。ああーん。今ね、その読み返してる本がよ、ヒックヒック。中坊の頃好きだった本でさあ。なんで、ひっく、びっ、ヒッヒッヒッ、びっくりヒック、するかもしれないかって、ファンタジィィィック、小説なのよ、これが。ね? おれがよ、ファヒック、ファヒック読んでるわけ。ね。びっくりするでしょおよ。だからあ、驚かせたかったの。ね。ヒックりしたでしょお。

 おん? おん……そうか。内容……なんの? え? 本か……いやおれは本なんて全然読まな……うっぷ……読まないよ。あ? ああ、最近か。久しぶりにね……読んでる。あれはね、おれが中学生のときに読んで……た……本なんだよ。それだけだ。それだけだよ……それだけのことで……。もうダメだ……違うんだ。こんなはずじゃないんだ。もうおしまいだ。

 え? 本? ああ、本は読んでるよ今。うっ……一応。海外の……地球はなんでこんなに……回るんだ? いや、海外の、ファンタジー小説で、全部で……うえっ、水。はああ。なに? 水……うぐっうぐっ。ぷはあ。ダメだあ。もうダメなんだ。本を……三巻まで読んだ。全部で……おええっ。失礼。全部で十二巻……あるんだ。うぷ。さ……作者? 作者って……? 書いた人……書いた人は、びっくり……するぞ……だって……。おれは……もうダメだ……。

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