ミステリとは離れたところに面白さあり
ポアロシリーズ4作目「ビッグ4」。読む前に調べたレビューによるとどれもあまり高評価ではなく荒唐無稽だという意見を多く目にしていたので,あまり期待せず読むことにした。ひとつ前の「アクロイド殺し」ではヘイスティングスに会うことができなかったので,今回はヘイスティングスに会えるかどうかだけを楽しみにして読み始めたと言ってもいいかもしれない。毎度のことながらミステリーの読み手として模範的ではないなとつくづく思う。
ただ,結果的にそんな動機で読んでいる私にはぴったりの作品だったのではないかと思う。この作品の背景としてはクリスティー自身色々あった頃のものらしく,短編のつなぎ合わせでできているらしい。たしかに派手な演出が多く,いつもの繊細さに欠ける印象は否めないがポアロとヘイスティングスの友情を存分に楽しむことができた。雰囲気もミステリー作品というよりは冒険談に近い。
※以下,できるだけネタバレのないように書きますが,多少のネタバレが入るかもしれないので未読の方はご注意ください。
この作品ポアロとヘイスティングスのコンビに愛着がある人にはたまらないのではないかと思う。冒頭から,南米にいるはずのヘイスティングスがサプライズでポアロに会いにくるのだ。ポアロを驚かせようとわくわくしているヘイスティングスがもう可愛い。そして全く同じタイミングでこちらもまたサプライズでヘイスティングスのそばに行こうとしていたポアロ。なんと可愛い人たちなのだろう。お互いにお互いのことが大好きなのに素直に言わないポアロのひねくれ具合も見ていてきゅんきゅんしてしまう。文章全体からお互いを思う気持ちがひしひしと伝わってきて,もうそれだけで胸がいっぱいなのである。
強敵ビッグ4との戦いはシーソーゲームのように展開されるので,冒険ものとしてとても読み応えがある。もしこれがホームズならもっともっと派手でドラマティックな展開になっているだろうし,マーロウなら銃声が鳴りやまない気がするが,なにせ主人公が名探偵とはいえおじいちゃんなのでそこは案外あっさりしている。そこもまた可愛い。そしてなんといっても毎回素直に騙されて翻弄されるヘイスティングスがたまらなく愛おしい。ヘイスティングスなりに頭を働かせてどうにかポアロにメッセージを伝えようとする場面は胸熱だった。彼はポアロほどの頭脳はないかもしれないが,軍人らしい誇りの高さと友人や愛する妻を命に代えても守ろうとする強さを持っている人なのだ。やはり彼はポアロの本物の「モナミ」であり,この人あってこそのポアロだと思う。
ビッグ4については最後までいまいちわからないままだった。なんだか力があって恐ろしい組織らしいということはわかったが,想像以上に最後はあっさりだったので拍子抜けしてしまった。これでナンバーフォーは生きていて最後にもう一戦あれば面白いのになと思ったが,これ以上膨らましようがないのかもしれない(連ドラで引っ張りすぎた結果,ラストが拍子抜けだった某有名ドラマを思い出してしまった)。
余談だがこの作品のタイトル,青いネコ型ロボットが出てくる映画のように『名探偵ポアロ ヘイスティングスとビッグ4の戦い』とかいうタイトルがしっくりくるイメージ。それくらいぶっ飛んでいる,よくも悪くも。
とにもかくにもポアロとヘイスティングスに浸れる作品としては申し分ない面白さなので,ミステリーとしては荒唐無稽だがある種のファンタジーとして読むにはちょうどいいのではないかと思う。ただ,私がどんどんとこのコンビにはまっていくのに反比例するようにクリスティーはポアロをすぐ引退させようとするのでそこだけは納得がいかない。あぁ,ポアロのことあんまり好きじゃないのかなというのが見え隠れして切なくなる(それでもカーテンまで長編で33作品も残してくれたクリスティーには本当に感謝の気持ちでいっぱいです)。
次は『青列車の秘密』。この作品はクリスティー本人があまり気にいっていない作品のようなのでまたあまり期待し過ぎずフラットに読めたらと思う。