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恋愛と結婚に関する種まきの法則的考察 笑  その2

その1の続きです。
タイへ出かけたのは、4月のはじめ。
ドンムアン空港に降り立ち、がんばって鉄道で南下し、ホアランポーン駅へ。
そこからトゥクトゥクで教えてもらった宿へ。忘れもしない80バーツ。
「ロットノイダイマイ(少し安くできる?)!」と言えるようにして行ったのに、
最初からふっかけられていました笑

日本人女性もいる宿で、周りの日本人たちに助けられながら、
バンコク市内のバスを駆使して、まちに慣れて行きました。
まずはじめにしたことは、
カオサンでチェンマイ行きと、プーケット行きの夜行バスを予約すること。
三島由紀夫の豊饒の海4部作『暁の寺』の舞台のワットアルンも行きました。

そしてインド帰りの友人に言われた日程に合わせて、プーケットへ。
実はその友人Aも、タイへ行くことを人に勧めているうちに、行きたくなったと
出発前日に連絡があって、翌日合流することに。
会ったこともないAの友人たちに会うのは、会えるかどうかドキドキでしたが。
翌日にはAも合流して、ダイビングのライセンス取得中の他の日本人も一緒に
食事へ出かけました。
彼らがお世話になっているダイビングショップは、日本語OKとのことで
日本人が5、6人ライセンス取得中だったのです。
その中に、私の隣の学区出身、Aと高校が同じという人物Bさんがいました。
当時、C国で仕事をしていて、休暇でプーケットに来たとのこと。
AとBさんと私で連絡先を交換して、帰国後もやりとりをするようになりました。

流れがきて(それも同郷というシンクロニシティ!)
→思考と感情が整って(この人とつながっておきたい!)
→即、行動(帰国後文通開始)

旅先だから、気持ちが浮ついていたのでは?と思われるかもしれません。
でもね、私、「超」まじめで、ビーチリゾートにいるのに、
ひとりで行動する時はずっと、
長いGパンだったのです(せめて生地が薄いパンツにすればいのに笑)。
それなのに「帰国されたらお会いしましょう」と約束をするという勇気!

タイから帰国後、大学院の授業に復帰して、研究を続けるかたわら、
卒業旅行のことを考えていました。就職も決まっていなかったのに。
子どもの頃から行きたい国は中国だったのですが、この頃はタイで出会った人たちが次に目指す国・インドに興味を持つようになっていました。
インドへ行って、アジャンタやエローラに行きたい…

チェンマイで知り合ったお姉さまに、手紙でそんなことを書いたら、
電話がかかってきました。
「インドを3週間でまわるのは無謀だよ、卒業式に間に合わなくなるよ。」
他にもそういう意見を何人かから言われて、じゃあどうしよう?
とBさんに手紙で相談したところ
「Cに来てもいいし、Dも面白い国だよ」と勧められました。
D国を勧めてきた人は初めてで、そっかーという程度。
文通の封筒に何回か、C国について書かれたエッセイが入っていたので、
D国よりはC国の方に興味がありました。
「C、行ってもいいですか?」と聞くと、OKとのこと。
卒業旅行は、BさんのいるC国へ行くことになりました。
後で「Dを勧めたつもりだったのに笑」と言われましたが。

インドに行こうと思っていたのに、行けなくなる(セレンディピティ)
→C国へ行くことになって…

さて、次回でいよいよ、夫登場です笑


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