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曲がった歯、パリの絵描き、似顔絵恐怖症。

私の前歯は物心ついた時から曲がっていた。V字に

前歯2本のセンターラインが内側に折れている。折り紙でいうと谷折りになるのか。センターがへこんでいるので、その分外っかわが横の歯より前に出ていた。

曲がった前歯もこれといって不便は無かった。むしろ大好きなトウモロコシにがぶりと噛み付いて、粒を引きはがせるというのを利点と感じていたくらいだ。

そもそも何でこんな歯になったかというと、小さい頃に(私は覚えていない)、顔面から転んで乳歯が曲がってしまった。その時に曲がった歯を抜かなかったせいで、次の永久歯までも曲がって生えてきたということらしい。

あの時に抜いてやっとけばね…と母から聞いたことがある。

小さい頃はその歯がチャームポイントだった。多分そう思っていたのか、気にもしていなかったのか分からないけれど、特にマイナスには感じていなかった。


小学四年生の夏休み。

初めての海外旅行へ行った。行先はフランスのパリ。叔父がそこで仕事をしていたので、祖母と母と3人で叔父家族に会いに行った。

エッフェル塔に登ったり、凱旋門を見たり。オペラ座にも行った。パリの街並みは幼い私にも美しく見えたし、クロード・モネの庭でモネが描いた睡蓮も見た。街の露店でノートを買ってもらい、そこに旅行の記録を拙い字で記した。

あれはどこだったのか、パリの画家達が集まる一角を訪ねた。様々な色が溢れていた気がする。そんな曖昧な記憶。

画家たちは好き勝手に絵を描いたり、観光客向けに絵を売ったり。そのうちの画家の一人は似顔絵を描くのを商売にしていて、祖母も母もせっかくだから描いてもらえと私をモデルに差し出した。

あの時の私はどんな気持ちで待っていたのだろう。今となっては全く思い出せない。

パリで絵のモデルになるなんて、なんて素敵な経験だろう。お姫様にでもなった気分だった(かもしれない)。

じっくりと私を観察する男性画家は、するすると鉛筆を滑らせ白い画用紙に私の似顔絵を描いていった。


ある程度時間が経って、画家は描き終わったことを伝えてきた。画板から画用紙が外され、私へと手渡される。

どんな素敵な絵が描いてあるんだろう。

広げた白い画用紙に描いてある鉛筆画の、私。


ブッッッッサイクだな…?


あの絵は今どこにあるんだろう。多分捨ててはいない。私は持っていないけれど、母がしまっているはずだ。母はそういうものをあまり捨てない。捨ててくれて一向に構わないのだけれど。

チャームポイントは歯です!と言わんばかりに、私の前歯は描かれていた。めちゃくちゃに誇張して描くタイプの似顔絵ではない。鉛筆画だ。なのに…なのに!


あれ、チャームポイントってなんだっけ。可愛い?魅力的?いやこれは、この歯はチャームポイントとは言わない。

元々自分が可愛いとか美人と言われる部類の人間でないことは分かっている。遡ればこの時に自覚したのかもしれない。人には私がこんな風に見えているんだ。こんなに可愛くないんだ。前歯は出ていて、目だって均等じゃないし、口がそもそも出てる。

…あぁ、可愛く生まれたかったなぁ

あれ以来私は似顔絵恐怖症だ。


結局、私のV字の前歯とは小学六年生の時に縁を切ることになる。

矯正したかと思ったでしょ。

また転んだんだよ

また顔から転んだ。しかも次はランドセルが追い打ちを掛けてきたので、前歯が根っこから折れた。

根っこが無くなると、歯が残っていてもくっつけることは出来ないらしい。結局私は小学六年生で、しかも卒業を前にして、前歯2本を入れ歯で過ごすことになった。

この入れ歯は三代の進化を繰り返して、30代の前半まで苦楽を共にすることになる。

入れ歯になると決まった時は歯医者で大泣きしたっけ。それを見ていた父も私があまりに不憫で泣いたらしい。だって祖父が入れ歯をカポカポ外しているのを小さい時から見てたんだもん。そりゃ嫌だよね、小学六年生で入れ歯なんてさ。

約20年。夜に入れ歯を外してポリデントに漬けて、朝ゆすいで付けていく生活をした。

人間は大体のことなら慣れていくものだ。

入れ歯のおかげで前歯はV字から真っ直ぐにはなったけれど、別にそれで可愛くなるわけじゃなかった。


そして現在はというと。この20年連れ添った入れ歯とは縁を切っている。いやぁ、とても感慨深い。

これまた縁切りの理由がマヌケなんだけど、入れ歯を引っ掛けていた歯がね、虫歯になってね。根っこから抜かないといけなくて。新しいのを入れると入れ歯を引っ掛けれなくなるって言われて。治療せざるを得なくて!

治療してくれた先生が本当に親切で腕も良くて丁寧に治療して頂いたおかげで、説明を色々受けた結果ブリッジというものをする事になって。付けたり外したりもしなくてよくてね、ポリデント要らずなんですよ。ありがたいね。


こうして紆余曲折を経て、私のV字前歯は綺麗なブリッジによる前歯におさまりましたとさ。

可愛く…なったかは分からない。トウモロコシは昔より圧倒的に食べづらい。でも付け外しがいらないから旅行にも行きやすい。食べ物も挟まらない。ブリッジになったおかげで韓国留学出来たっていうのは大袈裟じゃなくある。

可愛くなったよ、多分ね。昔よりは、多分。


未だに似顔絵恐怖症からは克服出来ていない。この前の旅行中に彼女が似顔絵とか描いてもらいたいと言ったけれど、絶対に嫌だと断った。理由も話した。

無理無理、次またどこか変なところが目に付いたら、私はもう立ち直れないもん。

まぁでも、時間は流れていくんです。どこかで転機がくるんです。私の前歯はV字から入れ歯を経て、今可愛いサイズでおさまってるもん。

あの絵を再び開いて、ましてやその似顔絵を可愛いと思うことは今後も絶対にないけれど。こうやってnoteに書けるくらいまでにはなりましたよ、とあの時絶望した私に言ってあげたいです。


取り留めもない話でした。おわり。


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