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【音楽】スピッツの『ひみつスタジオ』に訪れて

スピッツの新盤『ひみつスタジオ』があまりにも良かったのでアルバムレビューみたいなものです。

スピッツには捨て曲がない、というのは私が小学生の頃から思っていることで(生意気な視点ではある)、そりゃあアルバムはまるっといいのが当たり前のことなんだけれども、3年半ぶりのアルバムである『ひみつスタジオ』、あまりにも良くて、叫びながら何か動き出さないとどうにかなってしまいそうだった。なのでとりあえず手を動かした。

スピッツの新盤なんて、とりあえず何も言わんでもみんな聴くだろうし、宣伝する必要なんてないと思っている。だから、もうただ自分の感情を、初動としての感想を叫びを文章として残して、なんとか落ち着かせることを目的としている。

ひみつスタジオ、すげーよ!!


ジャケットも「かわいい」

感想:それぞれの曲について


・i-O(修理の歌)
あ、このアルバムとんでもないわ、が即時約束された一曲。視聴で聞いたらこれが最初に流れるって、とても誘引力があることだと思う。もう秒で「スピッツだ!!さあ聴くぞ!!」と腕引っ張って体勢整えさせるタイプのやつでしょこれ。
スタンダードに良い曲なのはもちろん、細やかなトーンや歌詞がまた変わったところのツボをついてくる。
修理、という言葉のニュアンスがこんなに優しいんだ、と初めて気づく。
荒野も空も、一人で行くのはこわいし、身体もぼろぼろになるけれど、一人じゃなければなんとかなる。

・跳べ
スピーディーで軽快なナンバー。飛べ、ではなく跳躍の跳の跳べ。いやーーーあまりにも、あまりにもサビの歌詞がいい。

ここは地獄ではないんだよ
優しい人になりたいよね

スピッツ『跳べ』

いや、最高じゃない?最高に良いし最高にスピッツそのものみたいな歌詞。こんなの思わず跳んじゃうよ。
サビのバックミュージックと手拍子に、突然、身体をずんずん押し出される感じ。でも無理やりじゃない、勝手に足を出させる、一歩ずつ。

・大好物
この曲ほんっとーにかわいいよね…シングルの曲がアルバムに差し込まれると、知っていても、何回も聞いていても、あ、きたきた!となる。ひみつスタジオ、「かわいい」アルバムだと思うので構成するピースとしても最適解みたいな一曲。「君が大好きな物なら 僕も多分明日には好き」という、もう愛を固めて塗り広げたような歌詞があるのだけれど、あらためて聴くとこれ、特に「多分」の部分がいいんだな、と思った。「絶対」ではないんだけど、あなたの好きをすでに根っから尊重はしている、という印象。そこからの「そんなこと言う 自分に笑えてくる」が追い打ち。こんなにあったかい空間、愛じゃんね……。『きのう何食べた?』の映画も良かったです。

・美しい鰭
こちらもシングルから。美しい鰭だし美しい曲。『チェリー』を思わせるイントロから、軽快でどこかおどけたAメロ、それを途端に落ち着かせるBメロ、からさらに大胆に展開していくサビへの切り替わりやギャップが絶妙。サビがやっぱ良くて、特に数秒間だけのマサムネの裏声があまりにも美しい。後、ベースがさりげなくめちゃくちゃかっこいい。この一曲、あまりにも灰原さんを示し過ぎている、というファンからの声が聞こえてくるので、コナンのこと詳しくないんだけど映画館行くかちょっと悩んでいます。

・さびしくなかった
穏やかで落ち着く、スピッツのアルバムに必ずこういう曲入っているよな~という感じの一曲。最後の『めぐりめぐって』と繋がっているような気が少しする。タイトルも両方ひらがなだし。近年のスピッツ、「会えたね」というメッセージを強く出しているような印象があり、この曲もその一つ。

・オバケのロックバンド
スピッツメンバー4人が全員ボーカルを担当するというあまりにも話題性に富んだ一曲。スピッツの曲をマサムネ以外が歌うというこの不思議さたるや。でも、普段歌っていない人が歌うからって変とかじゃなくて、4人がそれぞれ歌ってるパートもそれぞれ4人らしさが溢れてるのが凄い。めちゃくちゃかわいいし、たのしい。退屈な膜を破るボーカルオバケ、ゴミ箱叩くドラムオバケ、爆音で踊るベースオバケ、壊れたギター拾うギターオバケ。あまりにもツボ過ぎたのでちょっと恐怖しながら、おそるおそるMVも見ましたが、あんなの全人類がスピッツのこと好きになっちゃうやつだった、最高!!
マサムネがインタビューで、「バンドマン自体がオバケというか、異形な存在って見ることもできる」的なことをさらっと言っていたのだけれど、そのさらっとした一言に全てが集約されている。スピッツはオバケのロックバンドなんだ!

・手鞠
わあ、すっごいハマる曲きちゃった、と気づいたときにはもう中毒。歌詞もメロディーも、は、はずむ!はずむ。柔らかい、でもちょっとさみしい。でも最終的にはやっぱりはずむ!だってかわいいんだから。サビの、ちょっと『恋のうた』を思い出す、ゆらゆら、特にドラムとベースのたたずむ音が心地良くてかっこいいナンバー。

・未来未来
民謡調のバックコーラスとともに未来を語る、このアルバムで一番、曲としての個性が爆発していると思う一曲。タイトルだけ聞くと、ちょっと明るそうなんだけど、スピッツお得意の毒がマシマシで、にやけちゃった。未来じゃなく、未来未来なところが、たしかに、不穏さを孕んでる。未来未来、嫌い嫌い。『手鞠』のところで中毒になる曲、と記したけど、『未来未来』と連続していることによって相乗効果が生まれているとも思う。この2曲がこの順番で、このアルバム後半戦突入のところに置かれているの、マジでチェックメイトじゃん。もう銃口から逃れられないのよ。

・紫の夜を越えて
チェックメイトの後に、シングルとしては3曲目が来るんだけど、アルバムとしての中盤を越えたところで、「え、なに、なんでこんな良い曲ばっかり入ってんのこのアルバム?」と明確に動揺を隠せなくなっちゃった。感染症あれこれ云々で、世界全体の前に大きな闇がぼんやりと浮かんでいて、色々なものから目を背けたくなっているときに、『猫ちぐら』がでて、まず心に癒しを与えて、そして少し後に続いてこの曲が出されて、少しだけ顔を上に向けられた気がしたんです。良い曲だなあとは思っていたけれど、真価を発揮したのはその後のライブで実際に聴いたときで、思わず同行者とライブ終了後に、「紫、良すぎなかった?」と同時に発声したくらいです。

・Sandie
パンチの強いラインが続いた後で、やっとちょっと一息ついて落ち着けるかな、という一曲。晴れた日のお昼に合いそう。「新宿によく似てる魔境」ってまたすげー表現だな。身体は騒がしそうで、でもなんとなく心は、人気のない路地裏とかにありそうな雰囲気。

・ときめきpart1
まずもってタイトルがいい。「ときめき」の「part1」と聞けば、それは凄まじいのだろうなあ、と通じるしうなずいてしまう。歌詞も1番では「ときめいてる 初めて? 怖いくらい」とまだ恐る恐る、自分の感情を手探りなのが、2番だと「ときめいてる はみ出て ヤバいくらい」になってて、はっちゃけちゃいました、開き直っちゃいました、って感じでとてもよい。でもはっちゃけてはいるんだけどメロディーは優しくてドキドキする。先日CDTVで初めてフルで聴いて、アルバムでやっと落ち着いて聴いたばかりなのにもう気づいたら口ずさんでしまえるようになった。

・讃歌
なーーんて綺麗で強い曲……浄化されちゃう……普遍的なようで新しい。讃歌って、なんだ、と思うんだけど、間違いなく讃歌なので昂っちゃう。だんだんとテンポが緩やかになっていくのを聴いていると、光属性の魔法をかけられたような気分になって、そのスローテンポが生にも死にも近く感じる(とはいえ、真逆のことを言っているのではなく、生と死ってもともと限りなく近いと思っている)。この曲は特に、生まれた直後または死の直前っぽいというか、命ってこういう感覚で生まれるし、そんでもって、こういう感覚で死んでいくんじゃないかな、という静かな気持ちになります。アルバムももうすぐ終わるんだなあ、としみじみ。

・めぐりめぐって
私たちの曲だ!!!とひっくり返った。最後に私たちの曲を持ってくるの、ど、どういう……こと……!?
アルバムの最後に集約されてしまった、世界中のみんなが。最後にふさわしすぎるポップさ、明るさ。余談だけれど『美しい鰭』のシングルにカップリングで入っていた『アケホノ』があまりにもアルバム最後の曲っぽくて、これがここに入るならアルバムの最後に何持ってくるのかな~と思ってたらあまりにもふさわしい曲が入っていたのでぶっ倒れるしかありませんでした。しかもインタビューに寄ればもともとは1曲目に持ってくる予定だったらしいけど、i-Oの登場で順番が変わったんだって。そのエピソードも相まって、もう、凄い。降参。

全体感想

ひみつスタジオ。タイトルも中身も、「かわいい」が最も強い印象。でも、それだけじゃなくて、激しくて、意外で、個性も爆発していて、新しくて、でも総合するとめちゃくちゃスピッツらしくて、凄いアルバムが出た、というよりは、スピッツのアルバムがまた凄かった、という感想に尽きる。
聞き終えたら、骨も皮も輪郭も皺すら残っていないつるんとした白い物体になってしまったような心地になる。でも心は妙に生き生きしている。背筋もしっかり、しゃんとしている。それに、アルバムが終わっても、また1曲目に戻れば修理してもらえる。そんな安心感がある。
草野マサムネがインタビューで、「コンプライアンス」がやたらと問われるようになったこの世の中について、「過ごしやすくなった」と評していて、「今まで声をあげられなかった小さな存在の人が声をあげられるようになったことは良いことだ」と、言っていた。
ひみつスタジオには、まさにそういう、今まで声をあげられなかった人たちに笑いかけて、一緒に声を出していくような感覚がある。とても繊細に、上手に、見つけ出すように。ひみつにあふれているんだけれど、ひみつを隠すというよりは、ひっそり共有したり、隠しているこちらのことを見てくれたりしているようなアルバムだ、ひみつスタジオ。

などなど、書き留めたところでようやくちょっと落ち着いてきましたので、またひみつスタジオに帰ります。
早くひみつスタジオを訪れましょう。入口はすぐ傍にあります。


もっと書きます。