【小説】良平くんと私は暗い空が似合った
良平くんと一緒にいると、最低なことばかり起きる。
名前には「良」「平」となんだか穏やかな文字ばかり入っているけれど、彼はどちらかというと「悪」「凸」とかそういう文字が似合う。ワルデコ。ワルデコって、何かよくわからないけど。
「花火見よう」
と突然言われたのはもう夏の終わりをとうに過ぎた頃だった。こんな寒いのに、と思いつつも、運良くその日は、雷雨の影響で時期をずらして開催が遅れた花火大会が予定されていた。そして「浴衣が見たい」と言われた私は、こんな寒いのに、とまた繰り返し思って、それでも浴衣を見てほしい、とも思ったので急いで着付けとヘアセットの予約をする。美容室で担当してくれたお姉さんも、開催場所まで向かうのに乗り継ぐ電車の中での視線も、どちらも痛い。そしてもちろんのこと、やっぱり寒かった。肌着として中にヒートテックを着ていたけど、それだけでは心許ない。というか、矛盾している気がムンムンした。納涼からかけ離れた10月の花火大会で、どうして私は浴衣とヒートテックを着ているんだろう。さらには、目元にもブルーのアイラインを引いた。あきらかな夏メイクだ。おかしい。でも、矛盾に矛盾を重ねると、たまに正しくも思えてくるから不思議である。
そうして苦労してたどり着いた花火大会は、それこそ季節外れのくせにめちゃくちゃ混んでいた。皆、今年最後の花火をみたかったのか。「若者のすべて」でも聴いたのかもしれない。私はその混雑を見た時点で嫌な予感がしたのだが、案の定良平くんはだんだんと死んだ目をしていき、うーん、やっぱやめよっか、と悪魔の言葉を口にした。座る場所、なさそうだし、と。浴衣だから、足も疲れるし、危ないもんね、と。私を気遣うようなことを言うけれど、実際には良平くんがやめたいから言っているのはすぐにわかった。空いていた屋台で買ったじゃがバターを食べながら、「でも、せっかくここまで来たから」と続けてみる。すると良平くんは、そうねえ、と考えるような素振りをして、そうだ、と目を輝かせた。
「実は、花火見たかったけど、同時に、やりたくもあってさ、部屋にあったやつ持ってきたんだよね。こっちを、そのへんの河川敷でやるのどう?」
やけにでかいリュックで来ているなと思ったら、その中からコンビニでよく見る手持ち花火のセットが取り出された。良平くんの「俺、イイコト思いついた」顔は今までも何度も見たけれど、それが「良いこと」だった試しはあまりなかった。それでも私は、そのどんな子どもよりも子どもらしい表情が愛おしくて、いつも良いことではないとわかっているのに、頷いてしまう。
花火を見上げるのはやめて手持ち花火を見下ろすことに決めた私たちは、その後場所を求めてさ迷い、慣れない下駄の所為で足に豆を作って痛めたあげく、やっと見つけたそれらしい場所でいざ開封した花火は、半分以上がしけっていた。
良平くん、これいつ買ったのよ。えーと、三年前くらい。三年? その間、あの日当たりの悪い良平くん家に!?
そんなことを話しながら、遠い向こうで小さく打ち上がる花火を尻目に、なんとか生き残っていた最後の線香花火が私たちの手元で大きく咲いたので、私は呆れながら、笑ってしまった。その後当たり前のように風邪を引いた私は、元々良平くんと行くはずで予定していた小さなライブハウスのイベントには行けない程度に、数日間寝込んだ。
私と良平くんは、つくづく何か綺麗なものを一緒に見上げることに向いていない二人だった。花火だけじゃなく。
東北に、星を見に行ったこともあった。あれも、弾丸だった。夕方にレンタカーを借りて、私は慣れない運転で慣れない山道を恐々走らせて。助手席の良平くんは、横でスマホを見ながら、呪文のようにずっと星座の名前を唱えていた。はと、やまいぬ、おおいぬ、麒麟、エリダヌス……。唱えられているうちに私も覚えてしまったけれど、名前だけを知っていても、形は知らないので、実際に見つけられる自信はなかった。
そしてようやく深夜二時を過ぎたころ、お目当てのスポットに到着した。私たちは望遠鏡をかついでなかったし、周りに踏切なんてなかった。そもそも人の気配すら。たどり着いて、雪の中に寝転んでみたはいいものの、やっぱりそのときも寒かった。どんなに着込んでも、東北の冬、寒いに決まっている。さらには雪降りの夜で、私たちの目・鼻・口には白いものが次々と舞い込んだ。雪の結晶と星、どちらが先に見えるかわからないくらいに星は見えない。暗くて冷たい空が広がっているだけだった。
「ねえ、なんで天気予報すら確認しなかったの……」
「はは、」と良平くんが白い息を吐きながら渇いた声で笑う。私は時折深く瞬きをして、暗闇と星の見えない空を交互に見やる。目を開けても閉じても、きらめくものが何もなくて、ただただ暗い視界。無言で眺め続けていたら、なんだかこの状況、あまりにも私たちに似合っているなと思ってしまったので、私もつい、笑ってしまった。笑った途端、雪がいっぱい口の中に入ってきてむせた。「まあ、俺ら星座とか一個もわかんねえし」とさっきまで天気予報も調べず星座のページばかり見ていたはずの良平くんが強がりを言ったので、私はさらに笑って、そのまま良平くんの首元に手をまわし、雪だらけのマフラーをかきわけた。
良平くんも私も、器用に生きるのが苦手だったので、よくぶつかった。
不器用同士だったから、据わりの悪い知恵の輪みたいによく絡まって、解決の隙間を探すことも難しい。もういいよ、いや、もういいよじゃなくて、どうしたらいいか考えようよ、といつも決まったやりとりをして、「どうしたらいいか考える」のが本来人より苦手な私が、なんとか「どうしたらいいか考える」ように、頑張った。でも良平くんは私が頑張れば頑張るほど、不機嫌になった。やめてくれよ、がんばるの。がんばれないのって、そんなに悪? ねえ、俺のこと、見下すのやめてくれよ…と、良平くんは私を見下ろしながら言うのだった。
バイト終わりに寄るから、といつものように言われて、私がグラタンを作って待っていた日、良平くんは何時になっても家に来ることはなく、その後、連絡すら取ることができなくなった。
良平くんがいなくなってから、私は地の果てまで追いかけるつもりで身辺をあさり始めたのだけど、発見はわりとあっさりとしていた。
どうやら良平くんは、良平くんじゃないらしい。偽名を使っていた。
私にバレていると知ってか、失踪後すぐに鍵がかかってしまった良平くんの裏のツイッターアカウント。過去ツイートのリプライ履歴なんかをなんとかかんとか調べて行き当たったのは、阿佐ヶ谷のガールズバーに勤めている女だった。私からの連絡を非常に面倒くさがった彼女は、その自撮りモリモリ笑顔のアイコンとは真逆の冷たい態度で、それでもなんとか私に言った。良平って誰よ、○×でしょ、と。
正直、驚くよりも腑に落ちた。やっぱりか。やっぱりワルデコだったのか、としばらくふざけて笑ってみたけれど、そのうち、最初から掠れきった砂利のような涙が一滴だけ落ちたかと思うと、堰を切ったようにそのまま私は泣いた。泣きながらも私は、あまり泣きたくないな、と考えていた。
だって良平くんと一緒にいると最低なことばかり起きたし、良平くんが良平くんじゃなかったなんてもう最低の極みだ。
それでも、良平くんと一緒にいる最低が、最高だったこと。私がいつか良平くんと「良」と「平」が似合うような生活を手に入れたかったこと。全てを自覚してしまった。
ツイッターの裏アカを見つけたのは、いつだったか忘れてしまったけれど、たしか良平くんが口に出したインディーズバンドの新譜について検索したときだ。そのとき実はすでに少しだけ、私は良平くんが良平くんじゃない可能性について、想像していた。表の、私に教えていたアカウントでの良平くんは、パリピらしく、楽しかったことを単語で羅列して、たまに誰もが経験するようなことで落ち込んで、泣き顔の絵文字なんかを使っては私にはげましてもらう、いつもの良平くんだったけれど、裏での良平くんは、淡々と長文で語っていると思えば、ときに感情を爆発させて、政治にわめいて、自分のふがいなさに怒鳴っている、何かを変えようと、頑張ろうとしては、くすぶっている……そんな、私の知っている良平くんとはかけ離れた面ばかり。何度も、これは本当に良平くんなんだろうか、と考えているうちになんだか怖くなって、気づかないフリをして見るのをやめた。
良平くんは良平くんじゃなかった。でも、良平くんはいた。私の隣で線香花火を地面に落としてはかなそうにして、暗い空を見上げて笑った良平くんは、雲に隠れて見えなかった星のように、必ずそこに存在していたのだった。
---------------------------------------------------------------
Saeさんのプレゼンで企画名を知った瞬間から魅せられた、「クズでエモい文章を書こう企画 #クズエモ 」タグお借りしました。
また、公式お題(#あの恋)にもあっているなと思ったのでそちらも追加。
もっと書きます。