社員食堂

さち子は毎朝誰もいない社員食堂で時間を過ごす。

どうしてかというとちょうどいい出勤時間の電車がないからだ。

早すぎて誰もいないさち子だけの貸切社員食堂。

一本遅く乗ると出勤時間を過ぎてしまう。。。

不便極まりない!

どうして出勤時間の3時間も前から出発するのか?

仕方ない。9月に転勤したのには理由がある。

転勤するか仕事を辞めるか二択だったのだ。

さち子には辞める勇気がなかった。

頭ではわかっている。

転勤が嫌だったら辞めればいいのだ。

転勤と仕事を天秤にかけるとさち子は仕事が好きだった。

さち子は着物屋で働いている。着物が大好きなのだ。

結果転勤したのである。

自分で選んだのだから納得しているはずなのだが、たまあに無性にイライラする時がある。

近ければもっと寝ていられるのに
近ければそんなに歩かなくてすむ
近ければ電車賃にお金を使わない
近ければ雨の日でもずぶ濡れない
近ければ家を遅く出る事ができる
近ければ会社まで車通勤ができる
近ければこんなにイライラしない

近ければ近ければ近ければー!
どうして転勤したのだろう⁉︎

今日はたまあにの日だった。

さち子は何にこんなに気持ちがザワザワしているのかわからなかった。

毎日時間に追われノルマに追われ売り上げに追われ着物が好きなのに気持ちとは矛盾して殺伐とする毎日。

今日は仕事に来たけれど帰ってどこかへ行ってしまいたいとまで思っていた。

すると思いがけなくさち子の座っている右横からトレーにのった味噌汁がやって来た。

え⁉︎何?と思って見上げると

いつも厨房にいる女の人だった。

さち子がいつも座っている席の背中側に厨房がある。

いつも2人いるのだけれど今朝は1人のようだ。

その女の人は言う。

笑顔で『飲んでみてください。』と。

さち子はびっくりして遠慮して断る。

まだお昼までには3時間もあるし、それにさち子は味噌汁を注文していない。

すると
『いつも…本当は作ったら出来立てを飲んでもらいたいんです。』という言葉が続く。

確かに作ってからお昼に出すまでには時間があく。

さち子は自分の前に置かれた味噌汁を見る。

温かい湯気がたっている…♪


『いただきます!』と笑顔で頂くことを決める。

味噌汁の具材は白菜とワカメとわけぎ。

ふぅふぅしながら一口飲むと何だかとてもほっとした。

白味噌で出汁のきいたお味噌汁。

さち子は思った。

私…ここに来て良かったんだ。

お椀の中で白菜がキラキラしている。
お椀の中でワカメがかくれんぼしている。
お椀の中でわけぎの緑が鮮やかでいる。
お椀の中で味噌が巡っている。
お椀から立ち上る湯気が顔にかかる。

美味しくて一気に飲み干した!

『ごちそうさまでした!』

さっきまでの時間が嘘のよう。

さち子は立ち上がってトレーにのった空っぽのお椀をカウンターに返し厨房に戻っていた女の人に声をかける。

ありがとうございます!
美味しかったです!
いってきます♪

さち子の言葉に対して女の人は

こちらこそ飲んでくれてありがとう♪
いってらっしゃい!と笑顔をくれた。

さち子は自分のざわざわが何だかわかった。

私、ほっとしたかったんだね♪















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?