バスの後部座席

あさみはバスの後部座席に座ってぼんやり外を眺めている。仕事で疲れた身体をバスの揺れに任せゆらゆら揺れている。久しぶりにバスに乗った。どうして彼女がバスの後部座席に座るのかというとそのバスの後部座席には階段があって少し高くなっているからだ。運転手さんの目線と同じ高さ。そう、彼女は小さい時バスの運転手になりたかったのだ。

あさみはどちらかと言うと女の子よりも男の子と遊ぶ方が多かった。ミニカーがとても好きでおもちゃを買ってもらう時はお人形よりもミニカーだった。


あさみはバスの規則正しくない揺れが好きだ。
グワンという緩やかな大きい揺れ。タイヤの近くからだろうか?真っ直ぐで平らな道ではないことがわかる。

真っ暗な街をよく見えるない中ぼんやりと眺めている。毎日見ている景色でも昼間と夜では顔が違う。

あさみはいつバスの運転手さんになることを考えなくなったのだろう?と考えている。

ふと思ったその答えを少し探してみることにした。

考えてみればこれといって決定的なことはない。小さい時はお父さんに連れられてバスに乗るといつも運転手さんの後ろのいちばん前の席だった。隙間があってそこから前を見るのが好きだった。

そうだ。バスから遠のいた理由といえばきっと自転車と車を運転するようになったからだ。自転車が乗れるようになると自分でどこへでも行ける。車を運転できるようになるともっと遠くへも行ける。そして電車も知る。タクシーも知る。モノレールも飛行機も知る。


バス以外の乗り物を知ったからだ。


いちばん身近なものがだんだん身近じゃなくなって行ったことにあさみは気がついた。

便利でいいことを知ったのにそれによって自分の思いは遠のいていく。可笑しい話だ。

濃い思いが薄まっていくのだと感じた。

答えがなんとなくわかった気がする。

ずっと思い続けることは大切だと思った。

次のバスの停留所のアナウンスが流れている。あさみは自分の降りる場所なことに気づく。降車ボタンを押す。するとピンポン!と高くて軽やかな音がする。この音も好きだなぁとまた思う。


今日はバスに乗れてよかった。

そしてまたぼんやりと外を眺める。












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