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2010年09月30日(木)

起き上がり、窓を開ける。昨日の晴れ間は何処へ消えたんだろう。すっかり雨雲に覆われて鼠色に染まった空。なんだか気持ちがしゅっと音を立てて縮んでしまったような気がする。ちょっと悲しい。
ベランダに出て、ラヴェンダーとデージーのプランターの脇にしゃがみこむ。デージーはかなりしぶとい。もう葉がすっかり茶色くなってきているにも関わらず、黄色い小さな花をぴんと咲かせている。ここまでくると、頑張れ、と声を掛けたくなる。でもそれは止めておく。もう十分に彼女らが頑張っているのは知っているから。そういえば昨日立ち寄ったホームセンターで別の種類のラヴェンダーの鉢植えが売っていた。花を咲かせていたあの鉢植え。うちのラヴェンダーはどうなんだろう。一向に花の気配は見られない。挿し木した年には、さすがに咲かないのだろうか。
弱っているパスカリ。新芽をひょいっと出しているのは昨日と変わらない。その新芽が少し、伸びたといったところか。でも、これだけ弱々しくなってもちゃんと新芽を出してくれるのだもの、大丈夫、ここからきっと持ち直してくれるの違いない。
桃色の、ぼんぼりのような花を咲かせる樹。根元から出てきた二本の枝に、新芽がちょいちょいと姿を現わしている。頼もしい。でも、この子もきっとお日様が恋しいだろうに。そんなことを思う。
友人から貰った枝、きれいに紅い薔薇が咲いた。今日帰ってきたら切り花にしてやろう。私は心にそうメモする。そしてもう一本の枝にも蕾がついて。かわいい小さな小さな蕾。揃って元気そうな姿。嬉しい。
横に広がって伸びているパスカリ。伸びすぎた枝がさすがに重そうで。風にゆらゆら揺れている。その先にくっついたふたつの蕾。徐々に徐々に膨らんできた。共に同じくらいの膨らみ。揃って咲いてくれるかもしれない。
ミミエデン、ぐるりと彼女の体を見回すと、下の方から新しい葉を出してきている。紅色の、小さな小さな芽。これからぶわっと広がってくるんだろう。楽しみだ。
ベビーロマンティカの、真ん中に陣取っている膨らんだ蕾、もう十分に膨らんでいるのだが、まだ咲かない。もしかしたらお日様の光が足りないのかななんて思う。こんな天気だもの、せっかく咲くなら、いい天気の時が本人だって嬉しいんだろう。その時を待っているのかもしれない。
マリリン・モンロー、新しい蕾が小さく首をもたげている。今ちょっと、隣のホワイトクリスマスと競争しているかのような格好。どちらが背が高くなるか、という競争。そんな、競争なんてしなくていいよと思うのだが。別にどちらが勝っても負けても、関係ないよと私は思うのだけれど。ちょっと笑ってしまう。
ホワイトクリスマスは、白い蕾を綻ばせている。でも、咲くにはまだちょっと早いかもしれない。今日気温がさほど上がらなければ、ちゃんと咲くのは週末になるのかも。どうなんだろう、帰ってきたらちゃんと見てやらないと。
アメリカンブルーは今朝、みっつの花を咲かせてくれた。風にゆらゆらゆれる枝葉。こんなに美しい真っ青な花びらなのに、こんな鼠色の空の下で咲くのでは、なんだか寂しい。一体いつになったら、きれいな秋晴れになるんだろう。
部屋に戻り、お湯を沸かす。レモン&ジンジャーのハーブティーを入れる。お湯を注いだ途端に香り立つレモンとジンジャー。あぁ季節が巡っているのだなぁと思う。あたたかいお茶が嬉しい季節になってきたという証拠。
マグカップを持って、机に座る。昨日からやりかけている仕事の続きに取り掛かる。単純作業なのだが、量が多いため、なかなか終わらない。今三分の二が終わったところ。あと三分の一。
昨日弟が仕事の件でやってきた。仏頂面で、何度も溜息をついている弟に、どうした、と声を掛ける。どうも仕事が思うように進んでいないらしい。でもそれは、私の手伝える範疇を越えており。私が手伝えるのはたかが知れた範囲。私はただ黙って、じっと黙って、弟の愚痴に耳を傾ける。
ひとしきり話してすっきりしたのか、まぁ気持ち切り替えて、やってくるわ、と立ち上がる弟。こっちのことは任せておいてねーと私が軽く声を掛ける。おう!という返事と共に、玄関が閉まる。相変わらず風が強い。玄関ががたがたと音を立てている。
電話番の日。電話番をしながら、メールに返事をする。こういうときいつも思う。電話が鳴らない方がいいのか、電話が鳴る方がいいのか、と。電話が鳴るということは、それだけSOSを出している人がいるということで。電話が鳴らないということは、考え方によっては、SOSを出せないまま膝を抱えて泣いている人がいるかもしれない、ということで。どっちにしても、切ない。
先日、名も知らぬ人からいきなり、「いつまで被害者ぶってるんだよ」と言われた。その言葉を受けて、私はしばらく考えていた。被害者ぶる、ってどういうことだろう、と考えた。被害者と被害者ぶるのとは、全く異なると思えた。この人は何を勘違いしてるんだろう、と思ったが、それだけ言い捨てていなくなったから、その人に向かって返事のしようもなかった。だから私は、しばらくじっと考えてみた。
悲しいかな、私は結局被害者で。そういう言葉を吐く人の気持ちは分からない。私にできることは、自分が被害者で在ることを受け入れ、乗り越えてゆくことだけ。それでも、私が被害者であったことに変わりはなく。被害者ぶる、のとは、全く異なる。
そして思う。私は徐々に徐々に、そう、徐々にだけれど、被害者で在ることを受け入れ、乗り越えかけているな、と。もちろん、今も纏わりつくトラウマはあるけれど、それと共存していくこともだいぶ覚えた。
私にできることを、私はひとつひとつ、為していくだけだ、と思う。これからだって、そういう誹謗中傷はいくらだって出てくるんだろう。でもそれに対して、いちいち反応していたら身が持たない。私は私の生き方を貫くのみ、重ねてゆくのみ、そう思う。
娘が意気揚々と帰って来た。どうしたの? なに? なんだか嬉しそうに見えるよ。へっへっへー。なになに、何があったの? 秘密ぅ。そういわないでさぁ、教えてよー。あのね。うん。告白したんだ! をを、告白っ! で、返事は? 秘密に決まってるじゃん。って、もう顔が喋ってるけどね、いい結果だったんでしょ。どうしてそういうこと言うかなぁ、ママは。だって、あなたの顔、正直なんだもん。秘密だもんね! そうですかそうですか、分かりましたよー。もうっ! ははは。
告白かぁ。私は片付け物をしながら、そのことを考えてみる。告白。好きな人に好きなんですと告白するなんて、私はいつしただろう。もう遠い遠い、本当に遠い昔のことで、思い出せない。でも、最初の告白は覚えている。好きよ、と言って、その男の子のほっぺたにちゅっとやった。三歳の頃の思い出だ。そしてその男の子は数ヵ月後に、病気で亡くなってしまったのだが。あの告白は、どうにも忘れられない。
娘は、片付けものをしながらも、顔がにやにや笑っている。よほど嬉しかったのだろう。どんな男の子に告白したのか知りたい、と思うが、今聴いても応えてくれるわけがないので私は黙っていることにする。でも心の中で、やったね、お嬢、と声を掛ける。

真夜中、ふと目が覚める。起き上がり、窓を開けて煙草に一本火をつける。どんなに親しくなっても、礼儀は尽くしたい。そう思っている。でも、尽くしようのない相手も、やっぱりいて。自分の言いたいことだけ一方的にぶつけてきて、去っていく。そういう相手には、礼儀の尽くしようがない。そしてこちらには、嫌な気持ちだけが残る。
この残骸、どう片付けようかしら。私は心の中を見回して思う。でもまぁ、じきに、土に還ってくれることを祈ろう。今片付ける気持ちにはなれない。
その人に対して、自分がやれることはやったといえるのなら、もうそれでいい。そう思う。そして私の役目はきっと終わったのだ、と。

あ、ママ、雨降ってきた! 窓から顔を出して娘が言う。どれ、と横から覗くと、確かに雨が降り出してきた。自転車で出かけたかったのだけれど、だめか、と私はうな垂れる。それに気づいた娘が、バスもいいもんだよ、なんて生意気なことを言って私を笑わせる。
じゃぁね、それじゃぁね。手を振って別れる。
私は階段を駆け下り、傘を差さぬままバス停へ走る。ちょうどやってきたバスに飛び乗る。混み合うバス。
終点で降り、階段を下ったところで、ばったり倒れている少年を見つける。ぐったりしている。昨日飲みすぎてここで倒れ付したとでもいうのか。どうしよう、声を掛けようか。私は一瞬迷いながらも、とんとん、と肩を叩く。反応がない。もう一度叩く。少年がくいっと顔を上げる。朝ですよ。と、とんちんかんなことを私は言ってしまう。少年は、あぁ、朝ですか、すみません、と荷物を掻き集め、立ち上がる。私はなんとなく居づらくなって、そのまま立ち去ることにする。
階段を上がって、橋を渡る。風が強い。びゅうびゅう吹き付けてくる。川の水の色は濃紺に鼠色を混ぜたかのような暗い色で。
歩道橋の上に立つ。風車の姿は見えない。雲に飲み込まれている。でも、あそこには風車が在る。
さぁ、一日が始まる。私は階段を駆け下り、歩き出す。

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クリシュナムルティの日記やメイ・サートンの日記から深く深く影響を受けました。紆余曲折ありすぎの日々を乗り越えてくるのに、クリシュナムルティや長田弘、メイ・サートンらの言葉は私の支えでした。この日記はひたすらに世界と「私」とを見つめる眼を通して描かれています。

世界と自分とを、見つめ続けた「私」の日々綴り。陽光注ぎ溢れる日もあれば暗い部屋の隅膝を抱える日もあり。そんな日々を淡々と見つめ綴る。

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