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2010年08月31日(火)

薬を変えてもらったおかげなのか、久しぶりに眠ることが出来た。夢にも追いかけられず、娘の足蹴りは二度ほどあったけれど、まぁそれはよしとして。やっと頭の芯の傷みが和らいだという感じがする。
起き上がり、窓を開ける。空は薄曇。灰色と水色とがゆっくり混ざり合ったような、そんな色合い。ベランダに出て大きく伸びをする。ぬるい空気が私の体に纏わりつく。何だろう、昨日よりずっと湿気を感じる。それにしても、朝からこの温度、昼には一体どれだけ上がるんだろう。想像したくない。
しゃがみこみ、ラヴェンダーとデージーの、絡まり合った枝を解く。解きながらいつも思うのは、うちのラヴェンダーは細く長く伸びるという特徴。もうちょっと太くなってくれれば、上へ上へ伸びるのだろうに、そうならない。横に横に這うように広がる。だからデージーと絡まり合ってしまうのだ。でもそんなデージーももうじき終わり。こうやって解く作業も、やがて終わりになるんだろう。そう思うとちょっと寂しい。
横に横に広がっているパスカリの、長く伸びた枝の先の蕾。本当にまだ小さいけれど確かにそこに在って。まだ新葉の群れの中に埋もれている。あと数日もすれば、多分くいっと枝が伸びて、蕾が一段高いところに見えてくるだろう。
桃色の、ぼんぼりのような花を咲かせる樹。今朝もまた新芽を開かせている。でも、上から見るととっても不恰好だ。窓側の方がちっとも伸びてこない。やっぱり太陽の光がこちら側にあるせいなんだろうか。多分そうなんだろう。正直者。
友人から頂いたものを挿し木したそれは、今ちょっと一休みらしい。でも、天辺にもう紅い徴を見せている。これが多分新芽になるんだろう。
ミミエデン。紅色の新葉をあちこちで広げている。もうだいぶ緑色に変わってきた。この、紅から緑へ変わる、そのグラデーションの具合に、いつも私は感嘆する。人がもし絵の具でやろうとしても、こんな滑らかにはいかないだろう。
ベビーロマンティカは、萌黄色の新芽を芽吹かせ。あっちこっちからそれは広がっており。まだ花芽は見えないけれど、今回はどうだろう。蕾はあるだろうか。今咲いている一輪の花が終わる頃には、次の蕾が咲いて。その次は、さてどうだろう。
マリリン・モンローも新芽を数箇所から芽吹かせており。赤い縁取りをもったその新芽。開いていくのと同時にその縁取りは消えてゆく。新芽にだけ在る徴。
ホワイトクリスマスは、今ほっと一息ついているところらしく。どこからも新芽の気配は見られない。花を咲かせたばかりだもの。休んでね、と、私は心の中、声を掛ける。
アメリカンブルーは今朝も三つの花を咲かせてくれており。薄い灰色の空の下、その青い花びらは目が覚めるような色合いで。私は小さな声で、おはよう、と声を掛ける。
部屋に戻り、お湯を沸かす。ふくぎ茶をポットいっぱいに作る。今飲むものには氷を加えて、冷たくして飲むことにする。机に座り、お茶をちびちび飲みながら、煙草に火をつける。ついでに、先日買ってきた檜の香りのお線香にも。
昨日は病院だった。どうですか、といつものように訊かれ、私は、夢見が悪いことを伝える。夢に幾たびも追いかけられるおかげで、全く眠った気がしない。一日が終わらない、ということを伝える。別に薬を増やして欲しいわけじゃなかったのだが、一錠また薬が増えてしまう。私は、処方箋を受け取るとき、まじまじと薬の詰まった大きな袋を見つめてしまった。こんなに大量の薬を、私はいつも飲んでいるわけで。薬の残骸は、一体私の体の何処に溜まっていっているんだろう。十五年という間に、一体何種類の薬を、何錠の薬を私は飲んだんだろう。改めて考えると、ぞっとする。
昨日、HPをアップした。性犯罪被害サポート電話「声を聴かせて」。ようやく始動、というところ。今スタッフは三人。三人とも、性犯罪被害者だ。
何ができるか分からない。何処までできるか分からない。分からないけれど。当事者にしか分からないこと、当事者だからこそできることが、きっとあるはずだ。そう思っている。私もスタッフたちも、それぞれに、いのちの電話や警察の運営する被害者の電話などに電話をかけたことがある。そのたび、二次被害といったら酷い言い方になるかもしれないが、善意の悪意でもって、傷ついた体験を持つ。そういう自分たちだからこそ、できることがあるかもしれない、そんな思いで、今、始める活動。基本、電話でのサポートを行なう。随時メールの相談も受け付ける。そういう形でまず、始めようと思っている。
それにともなって、遠方の友人が、その地方の新聞のとある記事を先日送り届けてくれた。それは、愛知県の新聞の記事で、一つの場所で性犯罪被害者をサポートできるように、と施設ができた、という記事だった。しかしびっくりしたのは、国からの支給は初年度のみで、その後は自治体が丸かかえで引き継がなければならないということ。全国で名乗りを挙げたのが愛知県だけだった上に、一年後には自治体が丸かかえで運営、それは可能なのだろうか。心配になる。そもそも、病院の診察台に乗ること、それ自体に嫌悪感を抱く被害者が多いだろう。この場所へ、どれだけの被害者がSOSを発することができるだろう。できるなら、そういう施設を利用して欲しいが、現実、どうだろう。心配になる。
私が被害に遭った当時より、時代は変化して、いろんなところで小さな被害者の声が上がるようにはなった。実際に裁判で有罪判決が出るようにもなった。しかし。
まだまだだ、と私は思う。こういった犯罪の殆どは、表に出てこない。表に出てくるまでにどれほどの時間を必要とするか。それを思うと胸が痛くなる。
とにもかくにも、声を聴かせてはここから始まる。少しでも、被害者の声を聴けたら、と思う。生きているよ、と、今必死に生きているよ、と、その声が聴けたらと思う。あなたはひとりぼっちじゃないんだよということを、届けられたら、と思う。

今、今年の冬の展覧会の写真集の作成を行なっている。それにともなって、私自身もテキストを書く。友人たちから届いたテキストを編集しながら、私は今年、何が書けるだろう、と考える。
中には、書くつもりでいたけれども、だんだんあの出来事が遠くなってきて、今は書かない方が自分にとっていいかもしれない、という選択をした人もいた。治療が今うまくいっていて、過去に囚われることなく、前に進めるかもしれない。そんな状態にあるという。それはもう、嬉しいことだ。無理をして、傷を抉って書く必要など何処にもない。
今年は、撮影に参加してくれたのが二人、原稿を書いてくれたのは、それに加えてさらに三人、という具合になった。
彼女たちの「声」に耳を澄ましていると、自分がつい見落としていたかもしれないことに気づかされる。いつもそうだ。同じ被害者であっても、感じること、傷つくところはひとつじゃない。同じというわけではない。
そしてもう一つ、秋に為す展覧会、これも今回は、性犯罪被害およびDV被害を受けながら生き延びている友人にモデルになってもらった。その写真を展示する。
時々問われることがある。どうして彼女たちの傷をもっと写そうとしないのか、と。そうすればもっとよく分かる写真になるんだろうに、と。そう言われることが、多々ある。
でも私は撮らない。それは私が撮る写真じゃぁない。
彼女たちは「今」を懸命に生きている。必死になって「今」を乗り越えようと踏ん張っている。それが分かるからこそ、私は、彼女たちの「今」を、あるいは「未来」をこそ、撮りたいと、そう思っている。たとえそれによって、伝わりづらい写真になったとしても。
展覧会まであと僅か。ラストスパートだ。準備しなければならないことは山ほどある。しっかりやっていかなければ。

じゃぁね、それじゃぁね、また後でね、今日図書館行くんでしょ。うん。じゃぁね! 手を振って別れる。
今朝も玄関を出ると、蝉が二匹、転がっていた。もう一匹は息絶えており。でも。私は二匹とも、手すりの上に乗せた。潰されないよう、せめて、人に踏まれないよう。
階段を駆け下り、自転車に跨る。坂道を下り、信号を渡って公園の前へ。耳を澄ます。蝉の声はだいぶ小さくなってきた。彼らの季節が終わろうとしているのだ。そのことを思ったら、胸がきゅっと鳴った。
大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。銀杏並木が一段と大きくなってくれたおかげで、ちょうどいい日陰ができている。その日陰を通って、さらに私は走る。
さぁ、今日も一日が始まる。しっかり歩いていかねば。

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クリシュナムルティの日記やメイ・サートンの日記から深く深く影響を受けました。紆余曲折ありすぎの日々を乗り越えてくるのに、クリシュナムルティや長田弘、メイ・サートンらの言葉は私の支えでした。この日記はひたすらに世界と「私」とを見つめる眼を通して描かれています。

世界と自分とを、見つめ続けた「私」の日々綴り。陽光注ぎ溢れる日もあれば暗い部屋の隅膝を抱える日もあり。そんな日々を淡々と見つめ綴る。

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