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2010年08月12日(木)

うまく眠れないまま朝になる。起き上がって窓を開け、緩み始めた紺色の空を見上げる。風がやけに強い。びゅうびゅう吹いている。街路樹の葉が風に煽られ、裏側の白緑色があちこちで翻る。
ミルクもココアもゴロも、今は眠っているようで。静かだ。昨日の夜は、みんながみんな、回し車をがらがら回したり、扉口に齧りついていたり、大騒ぎだった。私なりに相手をしてやっているつもりなのだが、満足できないらしい。娘が帰ってくるまでに、ストレスが溜まって毛なんて抜けてこなければいいのだけれど、とちょっと心配になる。
昨日は傾聴の授業の日だった。早めに家を出、東京方面に向かったのだが、思った以上に混雑していて。正直驚く。このくらいの日だったら、お盆休みでがらがらになっているんじゃないかと期待していたのに。乗る路線に女性専用車両がないことが辛い。友人はグリーン車に乗って来ると言っていたが、私には、ちょっとその余裕がない。必死に吊革に掴まり、誰にも触れないよう、触れられないよう、体の位置を保つ。呼吸が上がってくるたび、目を閉じて、自分に暗示をかける。大丈夫、大丈夫、あとちょっと。
ようやく目的地に辿り着いて、とりあえず喫茶店へ逃げ込む。心臓が落ち着くのを待って、煙草に火をつける。
授業が始まるまでの時間は調べ物に充てることにする。しばらく前から考えていたこと、性犯罪被害者のサポート電話を、実現させることはできないか、ということ。そのための調べ物。
あれやこれや調べているうちに、あっという間に時間が経ち、待ち合わせていた友人がやって来る。お互い、東京校の授業に出るのは初めて。どんな雰囲気なんだろうねと喋りながら、学校へ向かう。
場所が違えば人も違う。異なる雰囲気の中、受ける授業。無駄口ひとつ叩くことないメンバーの、真剣な表情に、何だか励まされる気がした。ただ、やっぱりここでも、試験に合格するためには、ということが優先されており。でもそれも仕方がないのだろう。当たり前なのだろう。そこから外れている自分の方が、多分ちょっと、おかしいんだろう。
授業の後、友人と昼食をとる。が、しかし、二人ともこの傾聴の授業の後というのは、食欲が出ない。エネルギーを使っておなかはすいているはずなのだが、食欲は皆無に近い状態で。まぁいつものことだよね、と二人して苦笑する。
帰り道は電車もがらがらで。座席も空いており。並んで窓際に座る。友人が話し出す。インターネットで調べてみて改めて知ったのだけれど、性犯罪被害の窓口って、本当に少ないんだね。うん、そうだね、犯罪被害やDVについてはずいぶん以前より増えてきたけれど、性犯罪被害に特化した窓口って、本当に少ないと思う。
私も性犯罪被害者なら、彼女も被害者の一人だ。襲われかかったところにたまたま通行人が現れたからよかったものの、そうでなければ服が破け傷を負う程度じゃ済まなかった。彼女が言う。生まれて初めて、声が出ないって経験をあの時した。世間では、どうして逃げなかったのかとか、声を出さなかったのかとか言われることが多々あるけれど、そんなの無理、無理なんだよ。うん、そうだね。一瞬のうちに、自分に今何が起こっているのか、そんなはずはない、でも、いや、そんなはずは、私は死ぬんだろうか、って、いろんな思いが交錯して、頭が真っ白になった。何がなんだか分からなくなった。うんうん。今この瞬間も、何処かでそういうことが起こってるかもしれないと思うと、たまらない。うん。
どうやったらこの計画を実現できるのかなんて、はっきりいって今の段階では全く分からないけれども。実現させたいと思う。同じ被害者の立場から、何かできることはないのか。ただただ今は模索している。
友人とまた会う約束を交わし、別れる。家に戻り、郵便受けを見ると、封筒が一つ。開けてみると、北の町に住む友人からだった。秋にあるビーズの展覧会に向けて、作品を作っている最中なのだという。彼女も性犯罪被害者の一人。昔、私の写真のモデルになってくれたこともあった。「私の病気のことも配慮した上で、作品を買い上げてくれるという人が現れたんだ。すごく嬉しい」。手紙にはそう書いてあった。読んでいる私も、嬉しくなって、頬が緩む。よかった、本当によかった。社会との関わりを取り戻し始めた彼女に、私は心の中、拍手を送った。
徐々に徐々に空は白んでゆき、気づけば美しい水色の空に変わっている。私はベランダに出、大きく伸びをする。うっすらと空に雲はかかっているものの、今日もやっぱり暑い日なんだろう。私はそんなことを思いながら、プランターの脇にしゃがみこむ。
ラヴェンダーとデージーは、この強風でいつもよりもさらに絡まり合っており。私はそっとそっと、枝葉を傷つけないよう、解いてゆく。ラヴェンダーの枝が擦れるたび、ふわっとラヴェンダーの香りが漂い、でもすぐに風に飛ばされてゆく。
桃色の、ぼんぼりのような花を咲かせる樹。ひとつの蕾がぷらぷら風に揺れている。一本のパスカリに一つの蕾、もうひとつのパスカリに二つの蕾。きっと花は小さいだろうけれど、でも。咲いてくれたら嬉しい。
ふと見てぎょっとする。友人から頂いた枝を挿し木した、それに、早々と蕾がくっついている。挿してからどのくらい? 約二ヶ月。さぁて、何色の花が咲くんだろう。
ベビーロマンティカは、またまた次の新しい蕾を抱いており。本当にこの樹は元気だ。とどまることを知らないかのようだ。たまには休んでいいのよ、と、私は小さく声を掛ける。
ミミエデン、葉の裏側を丹念に拭う。指先が瞬く間に汚れてゆく。それでも私は、拭い続ける。
ホワイトクリスマスとマリリン・モンロー。それぞれに蕾をつけて、凛と真っ直ぐに立っている。この強風にはさすがに揺れているけれども、それでも、軸はぶれない。その強さに、私は憧れる。
部屋に戻り、お湯を沸かす。友人から頂いたふくぎ茶という名前のお茶を作ってみる。一口、二口。さっぱりとした、爽やかな味。これは夏にとてもお似合いかもしれない。私は、今日帰宅したときの為にも、余分に作って、冷蔵庫に入れておくことにする。
その時、携帯電話が鳴った。娘からメール。「雨だから、山登りもプールもできない。涙」。あちゃぁ、そうか、台風の影響を受けているのかもしれない。かわいそうに、あれほど昨日楽しみにしていたのに。私は早速メールを返す。ココアもミルクもゴロも、みんな元気でやってるよ。でも、あなたがいないから、不機嫌だけどね。明日晴れるといいね、照る照る坊主、作っておくよ!
私はお茶を飲みながら椅子に座り、再び空を見上げる。風に流されてゆく雲の早さ。その時、通りから大きな掛け声が響いてくる。どうも野球チームの合宿らしい。よろしくお願いします!と、大きな大きな子供らの声が響き、しばらくしてバスが走り出すエンジン音が聴こえた。
さて、朝の仕事に取り掛かろうか。

読みかけの本と、テキストと、プリントアウトしたものたち一式を鞄に詰め込む。窓を閉め、電気を消し、外へ出る。
階段を駆け下り、自転車に跨る。走り出そうとして、一瞬体勢を崩す。あまりに強い風。これはちょっと運転を気をつけないと。思いながら走り出す。
坂道を下り、信号を渡って公園へ。鬱蒼と茂る濃緑色は、こちら側から見ると、まるで黒い大きな影の塊のように見える。その森の中に入っていき、池の端に立つ。びゅうびゅうと吹く風のせいで、辺りの樹はみんな、ぐわんぐわんと枝をたわませている。見上げると、揺れる茂みの、ぽっかり開いた口から空が見え。その空では今、雲がびゅんびゅんと流れているところで。池の水面にも、その様子がありありと映っている。
再び自転車に跨り、大通りを渡って高架下を潜り、埋立地へ。こちらの風はさらに強い。自転車で真っ直ぐ走っているつもりなのに、徐々に徐々に道の端に追いやられてゆく。
自分にできること、できないこと。見極めよう。できることがあるなら、精一杯それに尽くしてみよう。今はただ、それだけ。
さぁ、今日も一日が始まる。私は真っ直ぐ続く道を、ひた走る。

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クリシュナムルティの日記やメイ・サートンの日記から深く深く影響を受けました。紆余曲折ありすぎの日々を乗り越えてくるのに、クリシュナムルティや長田弘、メイ・サートンらの言葉は私の支えでした。この日記はひたすらに世界と「私」とを見つめる眼を通して描かれています。

世界と自分とを、見つめ続けた「私」の日々綴り。陽光注ぎ溢れる日もあれば暗い部屋の隅膝を抱える日もあり。そんな日々を淡々と見つめ綴る。

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