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『季節はずれの物語』

雪が特別なものじゃなくなったとき、ひとは大人になったって言えるんじゃないかな。



電話越しに聞こえた彼の声は優しげで、まるで地面に落ちたら一瞬で溶けて消えゆく雪のように、わたしたちの空間を伝った。
その声がわたしにはとても心地よくて、凝り固まった心がとろん、と柔らかくなる。



ー大人になるって、どういうことなのかな。

今日食べたプリンが美味しかったの、大好きな作家さんの新刊が出てたから買っちゃった、来週のデートはどこに行こうか……。
そんな他愛もない話を電話越しに交わしていると、前触れもなく、薄黒いもやがわたしのなかに入ってきた。その瞬間、言いようもない不安に駆られて、わたしは思わずそう彼に問いかけていた。

ーどうしたの、突然。なにかあった?

そんな言葉が返ってくると思ったけれど、彼はその質問をあっさりと受け入れたように、「うーん…」と小さくうなる。

ーそうだなあ。大人っていろんな定義があると思うけど、おれが思うのは、雪が特別なものじゃなくなったとき、ひとは大人になったって言えるんじゃないかなって。

その言葉に、わたしはカーテンの隙間からのぞく外の景色に目をうつした。
静かに舞う雪の白さが、わたしの胸を高まらせる。

ーじゃあわたしはまだ子どもかあ。だっていまだって、明日の朝には雪積もってるのかなあってわくわくしてるもん。

わたしの言葉に、彼の優しい笑い声が聞こえる。

ーおれは大人だな。雪が積もるって聞いて、真っ先に明日の仕事の心配したし。
ーそんなあ。

わたしは窓から目をそらす。

ーなんかさ、みんながだんだん大人になっていくって考えるとさみしいよね。わたしだけ置き去りにされてる感じがする、最近。

体育座りをして、足の爪に丁寧に塗ったマニキュアを意味もなく指でなぞる。

ー出ました、奈央の弱音。

ーだってさ……。不安なんだから仕方ないじゃない。

そうつぶやくと、彼の優しい声が耳を撫でる。

ーおれは奈央のそういうところが好きになったんだからさ。雪が降って無邪気に喜ぶ子どもっぽさ、かわいいなあって思うよ。

思わず頬が赤くなる。
まったく、このひとはこういうことをさらっと言うから反則だ。

ーよしっ、じゃあ明日仕事が終わったら、ふたりで雪だるまでも作ろっか。
ーなにそれ、さすがにそこまで子どもじゃありませんっ……って言いたいけど、ちょっと楽しそう。

思わずこぼれたその本音に、わたしも彼も同時に吹き出してしまう。 


やっぱりわたしはまだまだ子どもだ。でも、大好きなひととこうして笑い合えるなら、その子どもっぽさは大切にしていきたい。きっとそれが、わたしたちの大切なものを守ってくれるはずだから。


外を見ると、雪は変わらず降り続けていた。



実はこれ、一年くらい前に書いて、でもどこに載せるのでもなくずっと眠っていた物語です。
どこかのタイミングで載せたいなと最近思っていたのですが、朝起きたらこの時期に雪☃が降っていて、まさに“季節はずれの”だ…!いましかない!!と思って載せることにしました。(ところどころ加筆してあります)
こうして日の目を見させてあげることができて良かった😌

つたない文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございました…!







最後までお読みいただきありがとうございます✽ふと思い出したときにまた立ち寄っていただけるとうれしいです。