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野草摘みは一日にしてならず

春はとにかく忙しい。

近所の土手に、つくしがぴょこんと顔を出せば、よもぎ、イタドリ、ユキノシタ……。次々出てくる、おいしい野草たち。やわらかな若芽の時期はほんのひととき。うかうかしてはいられない。

タラの芽やフキノトウといった、本格的な山菜となるとハードルが高いけれど、身近な草花にも、食用できるものは意外に多い。目に留まった植物を図鑑で調べ、何年か観察を続けるうち「そろそろあの場所に出そうだな」というのが、おぼろげに把握できるようになった。

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よもぎ入りの蒸しパン。ふかふかの生地から、すがすがしい春の香りがたちのぼる。

庭に自生するタンポポ、ユキノシタ、ドクダミは、ほろりと苦みが広がる天ぷらに。

強靭そうなイタドリも、皮をむいて砂糖をまぶし、鍋でコトコト炊くと、ルバーブのような甘酸っぱいジャムに変身する。

よもぎはゆでてペースト状にし、生地に混ぜてだんごや蒸しパンに。

さやをつけたハマダイコンは、生をかじればピリリと清涼感ある辛さ。ゆでれば甘く、子どももぽりぽり食べられる。

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ハマダイコン。さやをゆでて、醤油マヨネーズで和えるのがお気に入り。花も生食でき、さわやかな辛みがある。

もう一つ、春を代表する味覚といえば、そう、たけのこ。草花とは違い、その辺で見かけたからといって、勝手に掘り起こせないのがもどかしい。「山で採るたけのこ」は、私にとって憧れの存在であった。

チャンスは、思いがけずやってくる。

「少し先に、たけのこが出てるんだけど、よかったらどうですか」。
子どもといつもの山道を散策していると、近くに住むという女性から、声をかけられた。

はやる気持ちを抑えてついていくと、看板もない、ひっそりとした森の小道が現れたのだ。昔からよく知る散歩コースのすぐ脇に、こんな場所があったなんて。足元に目を凝らすと、確かに、ツンとした穂先が何本も突き出している。

「所有者が山を手放してしまって、いまでは歩く人も少ないの。もう少し暖かくなると、森の中からお花のいい香りがするのよ。野いちごも摘めるし、秋はどんぐり拾いも」。

話しながらも、その人は、慣れた手つきでたけのこを掘り出していく。初対面の私たちに、袋まで用意してくれ、お土産にどっさり持たせてくれた。

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春の訪れを告げる、山菜界の大物! 掘りたてほどアクが少なく、柔らかい。

その日から、たけのこはわが家の食卓を大いににぎわせた。

定番のたけのこごはんをはじめ、畑のスナップえんどうとさっと煮びたしに。土手で摘んだノビルと一緒に、ラーメンの具材にも。

中でも、炭火焼きのおいしさは忘れられない。下ゆでを済ませ、厚めにスライスしたたけのこを、七厘の網で焦げ目をつけて香ばしく焼く。熱々をかぶりつくと、驚くほどうま味が濃くジューシーで、したたりそうな汁を逃すまいと夢中で食べた。

5月に入れば、春の野草まつりもひと段落である。

でも、私は見逃さなかった。たけのこを抱えた帰り道、サルトリイバラが、ツヤツヤと丸い葉を広げているのを。地域によっては、かしわ餅を包むのに使われる葉だ。

端午の節句には、あのサルトリイバラで、かしわ餅を手づくりしてみようか。餅の半分には、たくさん作ったヨモギペーストも混ぜよう。

野山を歩くたび、食いしんぼうの想像はふくらんでいく。

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探してみよう! サルトリイバラ
他の木々に絡みついて伸びる、つる性の植物。巻きヒゲやカギ爪があり「サルも引っかかる」というのが名前の由来だそう。丸く光沢のある葉は香りがよく、春の柔らかな若葉は、古くから餅を包むのに使われてきた。

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