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継続不要な人間関係の重要性

「人間関係」や「コミュニケーション」というと、大変や厄介なイメージを持たないだろうか。そう、それらを維持するにはエネルギーが要る。では維持しなくても良いものならどうか。

この前実家に帰った時に、1000円でカットしてもらえる美容院に行った。美容師さんと話すのは緊張もするが、幸いにも話しやすい方だったので色々と話を聞いていた。すると驚きエピソードが次々と出てきた。一番びっくりしたのは、

寝たまま車を運転して、電柱にぶつかったが無事だった

という話。前方の長い車で、そこに電柱がめり込んだらしい。いや幸運にも程があるだろう。時刻は夜で、人通りもなかったため物損事故で済んだそうだ。私は今日、歩道を走る自転車にぶつかりそうになってヒヤッとしたのだが(京都市は結構多い)。

その他にも夜中車に乗せてもらっていたら、車ごと川に落ちたが骨折で済んだとか。丁度その時、川には殆ど水が流れていなかったらしい。悪運が強いというか、強運というか。本人曰く「欲を言うならもっと前に危険のサインが欲しい」と言うが、

いやいや、充分ですって

私はハインリッヒの法則(1つの重大事故の背景には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する)から、自転車や歩行者との接触事故を恐れているよ。自分の注意不足もあるけど、最近の世の中周りを見てない人って結構多いですから。

事故の話ばかりで話が逸れたが、何が言いたいかというとタイトルの

継続不要な人間関係の重要性

何も話す相手は普段から関わりのある人ばかりでなくても良い。むしろ全く違う分野の人と話すことによって、「そんなこともあるんだ」と新たな発見になることが多いのではなかろうか。単発のセミナーでも、ボランティアでも、旅行先で出会った人でも誰でも良い。そして継続不要のため、結果としては心理的負担が少ない。間違えたって良いのだ。

コロナ禍の時に認知症の人が増えたらしいが、人は新しい刺激がないと脳が老化しやすいそうだ。これは人に会うことに限らなくて、いつもと違う道を通ってみるとか、今まで興味のなかった本を読んでみるとか、料理に挑戦してみる等でも良い。固定化された脳が動き出すのを感じることが出来る。いつものルーティンを少し変えると、きっと新しい出会いがあるだろう。それは失敗も含めて自分の人生に彩りを与えてくれるはずだ。そんなことを言いながら最後に…

事故には遭いませんように(祈り)

皆さんもくれぐれもお気をつけ下さい。

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