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生ジョッキ缶と靴のセールスマンの話|まずいと言うなかれ

先日、ビールを飲みたくなってコンビニでアサヒの生ジョッキ缶を買いました。

ここ数年間で大きな話題になっていたので僕も何度か飲んではいたのですが、あらためて飲んでみると、缶がそのままジョッキになるというその仕組みに非常にインパクトがあると感じました。飲む前にひとつのエンターテインメントを楽しむことができる楽しいビールです。

しかし、僕は普段はこの生ジョッキ缶をほとんど飲みません。なぜなら、家でビールを飲むときも、そもそも必ずグラスに注いで飲んでいるからです。

これには個人的な事情があります。僕は若いころに胃がんの手術をして胃を摘出しているので、炭酸が強い飲み物を飲むことができないのです。

それでもグラスに注いで発泡させる行為を挟むことで、ビールの炭酸はある程度弱まり、これによって胃のない身体にもビールを流し込むことができるようになります。

また、こういった個人的な事情と合理的な理由だけでなく、実際にグラスに注がれたビールというのは見た目も美しく香りも立つことから、より一層美味しく飲むことができるのも大きな要因です。

これらの要因が重なって僕にとって生ジョッキ缶は「自分でグラスに注げばいいのに」といった類の商品に思えてしまっていたのです。

ネットをざっくりと調べてみると、生ジョッキ缶を絶賛する記事はたくさんありながらも「生ジョッキ缶はまずい」といった記事も多く目につきます。こういった否定的な意見は、僕の様に普段からビールをグラスに注いでいる「ビール玄人」たちの声なのかもしれません。

では、生ジョッキ缶は話題性が先行しただけの商品と言えるのでしょうか。そんなことはありません。

生ジョッキ缶はアサヒが社運を賭けて開発に乗り出した目玉商品で、発売当初は売れすぎて供給が間に合わず販売停止にまで追い込まれる事態となったメガヒット商品です。

この成功の影には「若者のビール離れ」による社会全体からの需要減少という、業界全体の危機感に対する姿勢が大きく影響しています。

アサヒには女性社員が立ち上げた「女子ビール部」という社内プロジェクトがあり、その女性社員たちが様々な新しいビールの飲み方を模索しながら、実際に商品化に繋げています。近年発売されたわずか0.5%のアルコールのビール「ビアリー」などもこのプロジェクトの一環です。

こういった、減少する需要に対して、新しい需要を創出する会社の姿勢が生ジョッキ缶のブレイクに繋がっているのは間違いありません。そもそものターゲットが普段からグラスにビールを注いで飲むような玄人向けではないのです。

ビジネスの有名な小咄こばなしに「靴のセールスマンの話」があります。

営業マンAと営業マンBがアフリカの某国に靴を売り込みに行きます。営業マンAは現地から電話をしてきてこう言います。

「部長、この国で靴は売れそうにありません。誰も靴なんか履いていません。」

一方で営業マンBからも電話が掛かってきてこう言います。

「こいつは大チャンスです。まだ誰も靴を履いていません!」

これが企業のものの考え方であり、需要がないところに需要を作り出していくのです。無の状態の市場に自らのアイディアとマインドをもって市場を現出させてしまいます。

こういった涙ぐましい企業努力は今も様々な業界で繰り広げられており、既存の固定概念は次々と打ちこわされていきます。

この激しい変化が起こり続ける合間に、僕も含めたグラスにビールを注いで飲むようなビール玄人のこだわりが入り込む余地はないのかもしれません。

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