手書きの日記とTeckな時代|過ぎ去る日々を刻むログ
人生の時間は限られており、時の経過も早いということは、誰でも理解はしているはずです。
しかし、頭ではわかっていても、大切な一日を後悔することなく過ごし続けるというのは、なかなか難しいものです。
一日の大切さを意識していれば意識しているほど、無駄な一日を過ごしてしまった時や、いつもと同じことの繰り返しをし続けている日々に、後悔の念や自己嫌悪の気持ちを抱いてしまうこともあるのではないでしょうか。
こうした過ぎ去った日々は取り戻すことができず、思い出にすら残っていないことがほとんどです。
しかし、そのように非情なまま過ぎ去る日々に対しても、ほんの少しの行動を習慣づけることで、誰でも生きている証を残しながら過ごすことができます。
そのほんの少しの行動というのは、日記を書き続けることです。
毎日ほんの少しで良いので日記を書き続けることで、自分の人生において無駄な日というのは決してなかったのだと、実感できるはずです。その結果として自己肯定感もあがり、メンタルにも良い影響を与えてくれます。
そして僕がおすすめするのは、デジタルがアナログに取って代わった現代において、あえて手書きの日記を書くことです。ぜひ試してみてください。
Teckな時代の手書きの日記
あらゆるものがデジタルに移行してきている現代において、今の世の中にはブログも広く浸透しており、外部への公開をしない日記アプリもあるため、手書きの日記は時間が掛かり場所もとる、不便なだけの存在だと感じるかもしれません。
僕もこうしてnoteを活用してブログ記事を書いている訳ですが、このnoteは人に読んでもらうための文章を書いているので目的が異なります。自分のための日記は手書きでノートに書き続けているのです。
手書きで書いていることにはいくつか理由があり、その理由は合理的な利便性とは相容れないものなので、現在も手書きで日記を書き続けています。
その理由のなかでも、手書きで日記を書くことの最大の魅力は、過ぎ去る日々を確実に刻んでいる実感があるからです。
そして、書き終えた日記の冊子を本棚に格納することで、過ごした日々が積み上げられた成果として目に見えてわかるようになるのです。
時折それらを読み返すことで当時の出来事や感情が時系列で整理され、過ごした過去の日々が自分の中で確固たる記憶や思い出として形成されていきます。
この、過ぎ去る日々を刻む行為とその成果が、現代において生きている実感につながるため、僕は未だに辞めることなく手書きで日記を書き続けています。
手書きで書くことによって、コピペで素早く終わらせることなく、スマホやPCからの通知から解き放たれた状態で、じっくりと思考しながら大切に書き残していくことができます。これもまたメンタルに良いのです。
過ぎ去る日々を刻み始めたきっかけ
このように手書きで日記を書き始めたのは2013年3月からです。それまでは日記など書いていませんでしたし、ブログもやったことがありませんでした。
そんな僕が日記を書き始めたのは、2011年に胃がんの診断を受けて生死を分ける治療を経験したことがきっかけです。
優秀な医療者のおかげもあり、幸い手術は成功し、その後も治療とリハビリを続けて2013年頃にはようやく人並みの生活ができるようになってきます。
しかし、目の前にあった死の恐怖や身体の痛みや苦しみが和らいできた2013年頃、治療によって仕事も辞めて友人も減っていた僕は、実家で療養しているだけの毎日に退屈を感じるようになっていたのです。
手術から間もない時期には、生きていることの大切さを心底痛感していたにも関わらず、肉体的な苦痛から解放された途端に、療養だけして何かに熱中しているわけでもなく、毎日に対して空虚で物足りない感情を抱くことになります。
せっかく治療が成功したのだから、生きている実感を感じながら日々を過ごしたい。しかし、今はまだ後遺症と向き合っている時期で、何か大きな行動をするには早すぎる時期でした。
そこで始めたことが日記を書くことです。せっかくならば手書きで日々を書き記していこうと思い、ちょっと上質なノートとペンを買い、さっそくその日から書き始めていったのです。
こうして手書きの日記を書き始めたことで、貴重な毎日を無駄にしてしまう後悔の気持ちは薄らいでいきました。
そして何よりも、これが非常に楽しくて、しっかりと継続することができたのです。数日続けてみることで、この思い付きの行動は習慣と変わり、これが今に至るまで10年以上続くことになります。
気軽な気持ちで散文を書いていく
この様に美化した書き方で書いてきましたが、単純に手書きで日々の出来事を自由に書き続けているだけです。始めてみたい人には、ぜひ気軽な気持ちで書き始めて欲しいと思っています。
意気込んで書くと継続できなくなるからです。
誰にも読まれないため文章の細部には気を配らず、一日に2~3行だけでも良しとして、忘れた日は翌日に思い出して書くような、そのくらいの敷居の低い自分のルールを定めておくことがコツになると思います。
そして何とか1冊書き終えた時には、その達成感がそのままその後の継続に繋がることになります。
大したことが起こらなかろうがとにかくコツコツ手書きで日々を刻んでいくつもりで書いてましょう。
人間の一日なんて基本的には大したことのない日ばかりです。それを手書きの日記という営みを通して価値あるものに変えていく作業は、僕の様な凡人にとって性に合っているように思います。
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