相方
タクシーの座席に微かな湿り気がある事に気づいて、気付かなければ善かったと後悔をし始めた時、AMラジオから気の抜けたオープニングテーマが聞こえてきた。程無くして女性の声が車内に響く。完全に売れかけてる女芸人Oと相方のYの二人が勢いよくオープニングトークを繰り広げている。やはり相方が居る方が、ピンの時よりもネタに幅があり、Y特有の照れたようなボケに、Oのひき気味のツッコミが相性良く混ざり合う。洋三の様な三文文士に当然相方は無く、担当編集者はもっと売れっ子の管理に忙しく、さほど推敲される事無く消費されていく。勿論、自身の文才の無さを嘆くべきなのであるが、それでも相方が居ればなぁと羨ましくなるばかりだ。ネタ作りのように掛け合いができればなぁとぼんやりしていると、本当に掛け合いを小説にして書いてみれば面白いかも知れないと気付いた。一応知人である女芸人Oに持ち込んでみようかと思った時、目的地にタクシーが到着する。洋三は新しい思い付きにワクワクしながら降車する。座席の湿り気を程よくズボンに移して。
〈掲載…2018年2月26日 週刊粧業掲載〉
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