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お通しが主張している! 舌の肥えた輩を黙らせる、吉祥寺の隠れ家

ライター 松井一恵

【有料記事として配信予定でしたが、無料にて公開中です】

「うろうろ→ダイブ」が職業病

「どんな文章書いているの?」
そう聞かれたら、「赤提灯から三ツ星まで」と説明する、松井一恵です。
雑誌『散歩の達人』の取材でもさまざまなお店を訪ねてきました。
また、いつなんどき「いいお店教えて」と聞かれるかもしれない身、普段から、情報収集→うろうろ→気になればダイブ! もはや職業病かもしれません。

「どこかいい店教えて」。
知人友人によく聞かれる。職業病がバレているのだ。まったく他力本願だなあと思うが、聞かれると急に力が湧いてきて、その人の嗜好、何人で行くのか、お店と友人がマッチするかなどシュミレーションして、ここだと思うお店を紹介する。気に入ってくれたら、よっしゃっ。

『さんたつ』さん、この度は「いい店しってるねといわれた1軒」について私に聞いてくださって、ありがとうございます。
実は私、「いい店知っているね」と言われるのが、サイコーにうれしいんです。

前置き長くなりましたが、発表します!
そのお店は、吉祥寺の居酒屋『harenari』です。

誰もが知っている店は紹介しない

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吉祥寺駅からちょっと離れた、いわゆる「東急裏」。女性シェフのビストロ、日本酒専門店など、人気店が多い通りにあります。でも『harenari』は、吉祥寺ツウでも知らない人がまだまだいる。
誰もが知っているお店は、紹介しない。それが私の生きる道。

2011年のこと。例のごとくうろうろしていたら、赤い看板が気になった。
何ここ? 知らない。よし、入ってみよう。
吸い込まれるように、階段を降りた。カウンターに座った。
そして、これにやられてしまったのだ。

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生ビールは、サントリープレミアムモルツ。毎回、これ以上おいしく美しく注げないんじゃないかと思う一杯。
ゴクゴクいってると、お通し(400円)が出てくる。春ならば、ウルイ、スナップエンドウ、グリーンピース。味噌マヨネーズをつけながら突っつく。
旬野菜が盛られたシンプルながら見栄えする、お通しの域を超えた一品に、「おっ!」となる。

しかし、お通し出すお店、この頃あんまりないですよね。

お通しが、主張している

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吉元大智さんが、『harenari』を開いたのは、2011年3月3日。
時代は、「お通し、いらないんじゃない?」が主流になりかけた頃だった。

「僕、知っての通り偏屈だから。絶対にお通しをやろうと思ったんだっ」。

(え? 偏屈だったんだ)

大勢に逆らうお通しにすっかり惚れ、原稿完成後のほっとひと息に、映画観た後の余韻に浸りに。半地下の心地良い、偏屈のアジトを目指すようになった。

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続けて、これにもやられた。古い小皿にフランス料理みたいに盛り付けられた、「鯛のなめろう」。ひょいと出てくる皿を受け取った時、声には出さないが、「おっ!」となる。この「おっ!」の回数が、多い店なのだ

なめろうなら日本酒だろう。

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多くないが飲んでみたい銘柄、あまり見かけない季節限定品が、さりげなく揃う。おまかせでお願いするのを推奨するが、冷たいのがいいか、お燗にするか、飲みたい温度帯だけは伝える。

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密かに人気のメニューが、自家製ベーコン、ブルーチーズが入ったスクランブルエッグ。塩味がやさしい自家製ベーコンがごろごろ入っていて、白ワインでも、赤ワインでも。

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黒板におすすめメニューにも惹かれる。本マグロの脳天刺し、ホホ肉刺し、眼球の裏など珍しい部位あれこれは、かなりレア。1人用にも適当に盛り合わせてもらえる。

つまり、おいしい魚が食べたいとか、肉系がいいとか、日本酒は純米酒、ワインは自然派云々、舌が肥えたうるさい連れをおとなしく黙らせる料理と酒が揃っているのだ。
「おっ!」となるのは、メニューを見て想像する期待値を、絶対に超えるものが出てくるからだ。

しっかり飲んで食べるとお会計はだいたい3500円。(懐次第でいかようにも)

「店は、僕の脳みそ」

ラフな雰囲気の吉元大智さんは、お客さんから「大ちゃん」と呼ばれている。3回目くらいだったか、名前を聞かれた。以来「一恵さん」と呼ばれる。同時に私も、「大ちゃん」と呼ぶようになった。

高校でスキー部に入った大ちゃんは、道具を買うために洋食屋の皿洗いのアルバイトをした。これが、飲食業界への華々しいデビュー。

「今も皿洗いしてる。皿洗い歴、25年!」

(そこで、ドヤ顔!)

大学を卒業後もずっと飲食業界で、ワインバー、大衆酒場、カフェ、沖縄料理店などなど、15店ほどを経験したと聞いて、腑に落ちた。料理のクオリティ、お酒の知識、雰囲気づくりや接客など、すみずみにまで満ちる大ちゃんワールドは、豊富な経験なしには絶対に生まれない

広さは、8坪。高家賃で知られる吉祥寺だが、かなり古い物件で手が届いた。店内はハンドビルド。無理をせず身の丈にあった商いに、好感が持てる。

「店は僕の脳みそ」と、大ちゃんがにこにこする。
そうだ、大ちゃんの脳みそにダイブしているのだ。その脳みそがおもしろくて、いいなと感じているんだ。

ゆるっと文化が漂う半地下

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脳みその糧の一端が、棚に並ぶ。乱読ぶりが見て取れるが、どれも興味深く、つい眺めてしまう。貸し出しもしていて、2回ほど借りた。登山遭難レスキューのノンフィクションと、サウナのすすめ本だ。そうそう、大ちゃんはサウナが好きで、その影響で『harenari』にはサウナーが多い。私は、「サ道」の極意をここで知ることになる。

音楽は、日本のロックポップ。「この曲、誰?」と、大ちゃんに教えてもらい、好きになったミュージシャンも多い。ある時、流れている声の主が隣りにいた。松井文さん。数ヶ月後、松井さんのライブが開催された。よかったなあ。

映画好きなお客さんも多く、「俺のチャプタ」と名付けられたイベントもある。テーマを決めて、参加者が紹介したい映画の1チャプタを披露しあうのだが、これはかなりおもしろい。大ちゃん、またやってください。

通うのは、吉祥寺に住んでいる人、働いている人が多い。登山の達人、バレエの先生、お菓子づくりをしているかわいい人、古着屋さんの店主など。

何を隠そう、ここではいつも最高齢のポジションにいる。若い感性に揉まれながら、文化に触れる時間。刺激、学びが、ゆるっと漂っているのだ。

最初の話題に戻る。
「いい店知っているね」と言ってくれたのは、学生時代の友人。ひさしぶりにここで合って、「さすが一恵ちゃんね」と。地元のフットサル仲間と女子会した時は、「どうして今まで隠してた」と叱られた。

もうひとり、別にのろけようというわけではないが、正直に伝えなくちゃと、あえて書く。一緒にカウンターに座る回数が多いのが、夫だ。彼は、吉祥寺で仕事関係者や友人と会うとき、必ず『harenari』だ。最近、回数で負けているような気がして、めっちゃ悔しい。

大ちゃんの脳みそのおもしろさを、共感し合える人が身近にいて、よかった。

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それにしても、『harenari』に行く日はなぜか雨が多く、取材の日も雨だった。
どんよりしてもここでほろ酔えば、一瞬心晴れると学習しているからかも。

「じゃ、一恵さん、またね!」
そう送り出され、さしてきた傘をよく忘れる。


撮影/加藤熊三

※新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、店舗の休業や営業時間の変更、イベントの延期・中止など、掲載内容と異なる場合がございます。事前に最新情報のご確認をお願いいたします。



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