ニワトリたちとその行方
子どもの山村留学で、十勝の村に住んでいるわが家。
ニワトリを飼いたい、という息子の希望をきっかけに、卵から孵したひよこは、すくすくとニワトリになった。庭にあった小屋をニワトリ小屋にして始まった、ニワトリとの暮らしのその続き。
ニワトリのいる暮らし
朝夜と餌をあげて 夜は小屋にしまって。
規則正しく繰り返されるお世話と、残飯をおいしそうに食べる鳥たちの姿が今すごく懐かしい。
6個の卵を温め生まれた5羽のヒヨコ。
生き残ってニワトリになったのが4羽。
遅く帰った日に1羽が消えていて、3羽になる。
クリスマスイブの日に、そのうち一番大きな1羽を絞めて、お肉でいただいた。水炊きとフライドチキンの味はわすれられない。
そして、残りの2羽について。
今はなき2羽のことをそろそろ書くときがきた。
たまごを生む?前兆
クリスマスイブ、トサカの1番大きい鳥1羽の命をいただいた後も、残り2羽はおとなしく暮らしていた。
一方はだんだんとトサカが出てきて、もう一方は出ないまま。どうやら雄と雌のようだった。
寒い雪の中で、毎朝エサを求めて動き回り、勢いよくついばむ。日中は、小屋の片隅で身を寄せあつてじっとしている。
血も凍りそうなピリピリとした寒さの中、たくましく生きる鳥たち。
マイナス20℃以下にもなる極寒の地では、体温を維持するだけでものすごいエネルギーがいるに違いない。朝夕一生懸命エサをついばむ姿を、たーんとお食べ!と応援し、丸々と体を包む羽毛の力ってすごいな、とあらためて思いながら眺めていた。
そんな寒い寒い2月のある日、
ニワトリの様子が変だ と夫が言った。
雌の方の一羽がエサを食べない。変な声を出す。というのだ。
これってもしかして、卵を産む前兆じゃないか、と。
見に行ってみると、確かに一羽だけ小屋の片隅に座り込みじっとしている。
いつものようにガツガツとエサを啄み続ける雄の傍で、エサも食べずに小屋に籠っているなんて、確かに変かも。
ケコッ という鳴き声もなんだかいつもと違う気もする。
本当に、卵を産もうとしているのだろうか。
そして、排卵が始まるにあたり、鳥にもホルモンバランスの変化があるのだろうか。
じっとうずくまる鳥の目を見ていると、どうやらそうなんじゃないか、という気がしてきた。
心配と期待が入り混じるが、ただ眺めるしかできない。
頑張れ、鳥よ。
この日はニワトリ小屋の掃除をし、周辺の雪かきもした。
しばらくしたら、卵を産み始めるかも知れない。
期待をしつつ、それまでそっと見守ろう、ということになった。
念願の「産みたてのタマゴ」の味にも期待が高まる。
だが、その翌日に事件は起きた。
猟奇的な事件
発見したのは夫。
朝エサをやろうと見に行ったら、ニワトリがやられていたという。
1羽の姿はどこにも見当たらず、もう1羽は首から上がなく胴体だけが残されていた。
小屋の床には羽が散乱。
小屋の裏側の壁に穴が空いていて、何者かが侵入したと思われる。
小屋の裏側の雪上に血のついた羽。
小屋の横の茂みにも血のついた羽。
消えた一羽はどこにも見つからないが、茂みをよく見ると臓物らしい残骸が雪の上に赤黒く見えている。
おそらくキツネじゃないか、という。
穴を開けて侵入したキツネが、小屋の中で1羽を仕留め、くわえて外へ引きずり出した。羽をばたつかせても逃げられなかっただろう。小屋の脇の茂みまで連れていかれ、多分、ここで食べられた。そして、再び侵入してもう1羽を襲い、首から上を食べた。
めちゃくちゃ怖い、猟奇的な殺鳥事件だ。
キツネは性格が悪いという。
丸々と太ったニワトリは、1羽食べれば、きっとお腹いっぱいになっただろう。
それなのにもう1羽を襲った。
お腹が空いていたわけではないから、首から上を狩っただけだ。
なぜ? それが許せない。
小屋にガリガリ穴を開けられ侵入者がやってくる。つがいの1羽が襲われ、連れていかれる。
すぐ横でバリバリと食べられている音も聞こえていたかもしれない。
どんなに怖かっただろうか。
じっとうずくまっていた雌鳥の目を思い出すと、かわいそうでならない。
生まれることのなかった卵のことを思う。
雪の弔い
首のないニワトリをせめて弔いたいと思うが、はてと困ってしまった。
土に埋めてやりたかったのだが、まず庭には
雪がどっさり積もっている。雪を掘ったとして、その下の土も凍っていて掘れない。
焼却炉で燃やす?
いやいや、ローストチキンになっちゃうし。
とはいえ、生ゴミで出すのは絶対に違う。
困り果てて近所の人に相談した結果、とりあえず春まで雪の中に埋めるのがいい、ということになった。
雪にシャベルを差し込み、深い穴を掘る。
枯葉と鳥の死体を詰めて封をしたダンボールを穴の中に入れ、雪をかけて埋める。
ザク、ザク、ザク
掘っている間も、埋めている間も。
なぜか後ろめたくざわつく感情がある。
死体を埋めているわたし
誰にもみつかりませんようにと、
深く、
深く。
埋めた後、表面を整えるとそこはまっすぐした雪面にもどる。
それでも、この下に首のない鳥の死体が眠っている、と思うとなんともいえないソワソワとした感情が押し寄せる。
ホラー映画の犯人て、こういう風景がみえるのだろうか、などと想像してみる。
そうかもしれないし、いや、きっとそうなのだろうけど、あまり共感したくない感情だ。
ともあれ、雪の中に埋めた鳥は、春まで無事だった。
3月に気温が上がりだんだん雪が溶けていってもその場所は雪深く残っていた。
土が掘れるくらいになったら、雪から取り出して埋めてやらねばね。
まだかな。もうすぐかな。まだ大丈夫だね。
そう話していた矢先、
ダンボールが掘り出され、鳥の姿が消えていた。
付近には羽が散乱。
またもやキツネに違いない。
わが家の庭はどうやら「餌場」として認識されてしまっているらしい。
雪に残る足跡が、野生の訪問を物語る。
彼らも必死なのだ。
食うか、食われるか。見えない野生の敵に対峙することになる。
それにしても
今のところ、負けっぱなしなのはくやしい。
今に見ておれ、キツネめ。いつかワナにかけて、ギャフンと言わせてやりたい。
目に見えない野生の敵を意識して、知恵を絞る。
5月になり、わが家では再び新たなたまごを温めている。
今度は卵を産ませるところまでを目指して、ニワトリとの暮らしを再開予定。
もちろん、キツネに食べられない対策は念入りに。
近所から廃材をもらってきた夫が、朽ちた小屋の壁を強化し、しっかりとした柵も作っていた。
ペンキまで塗って、新たなニワトリ基地が完成。
ヒヨコたちはあと数日で生まれてくる予定。
2年目のニワトリ生活がまた始まる。