高分子ポリマー

 視界の全ては右に90度回転していた。最初に目に入ったのはワインのボトル。横たわるコルク抜き、洋菓子の空箱、飲み残しがうっすらと見えるワイングラス、そして尻。
 どうして尻が見えるんだろう、と考える。それはもしかして眼前の人物が「服を着ていないから」ではないだろうか?という仮説を立ててみる。仮説は実証されねばならない。気怠さと戦うように視線をずらす。腰、背中、肩、首。順番に確認したところ、やはり眼前の人物は一糸まとわぬ姿であるようだった。見よ、私は正しかった。科学の勝利だ。
 何を考えているの?と眼前の人物は振り返らずに声だけで私に問う。身じろぎしている私の気配を察してくれたらしい。人類が身につけた科学的考察方法について、と答えると、なるほどー、という間延びした声が返ってきた。眼前の人物が裸でありながら何か作業をしているのは仕草から明らかだった。何をしているのか、次はこの謎を解かねばならない。横向きに長時間寝そべっていたせいでギシギシする首を元に戻し、起き上がる。ちなみに私も服を着ていない。先程の大胆な仮説が思いつけたのはきっとこの影響があったからに違いない。
 かの人物の手元を覗き込むと、洋菓子の持ち運びの際に付いていた保冷剤の袋を切って、中身をプリンの空き容器に詰め替えていた。

「プリンじゃないよ、トライフル。ガラスの容器でキレイでしょ?」

 そう思うなら、もう少しよく洗ってからの方が良かったんじゃないかな。で、トライフルのグラスに保冷剤を詰め替えると何が起きるの。

「空気がキレイになるのです。」

 胸を張って答える。実は保冷剤の中身は消臭剤として優秀で、容器にあけておくだけで効果があるのだと。昨夜の食べ残しを片付けようと思ったら、材料が全て揃っていることに感動し、思わず作りだしてしまった、と。
 ふたつ目の謎も鮮やかに解決された。私は椅子にかけっぱなしだったジャケットの胸ポケットから万年筆を取り出す。薄いネイビーのインクを、作りたての空気清浄機に垂らしてひと混ぜすると、涼し気なマーブル模様が出来上がった。うん、悪くない。

「さて。昨日の夜の続き、する?」

 いたずらっぽい表情で問われたが、断ることにした。せっかく空気がキレイになったのだ。爽やかな一日にした方がいいだろう。私はジャケットの上に脱ぎ散らかしていたブラジャーを身につけながら、彼の尻に蹴りを入れたのだった。

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