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「留学で日本人と過ごしたらダメ」で、「一人暮らしで食洗機は贅沢」の呪い

雨がよく降るこんな日は、その濡れた空気の匂いから、RainCityと呼ばれるシアトルに半年間留学していた時の感覚が再現される。

郊外にあるホームステイ先の家で、外が暗くなるのが早すぎる11月。語学学校に通いながら、インターンをしていたわたしは、その日の出来事をシェアしたいと思ったけれど、Iphoneに表示された写真を、SNSにアップするか悩んでいたのだった。

ぐるぐるにまいたマフラーに顔を埋めて、冬めいた空と美しい湖をバックにした写真に映るのは「日本人3人」だったからだ。

「せっかく留学に行ったんだから、日本人の友達といちゃだめだよ」

もしこの写真と共に日々のたわいもない出来事を投稿した時の、そのリアクションを想像した。
楽しかった自分の気持ちとは別の「どこかの誰かの何か」がぶつぶつと聞こえてくるようだった。

誰に直接言われたわけではない。いや、もしかしたらたわいもない話の中で言われていたのかもしれない。
「留学とは、耐え忍ぶ修行のようなものでないといけない」
それはまるで、生まれたばかりのカルガモが初めて見たものを親だと思う「すりこみ」のように。私は「どこかの誰かの何か」からの有難い教示を疑いもせず、ただただ、そのあとをついて歩いていく感覚だった。
いや、有難い教示なんて、今は思わない。それはどちらかというと、「呪い」といった表現がしっくりくる。

結局その写真は、24時間で消えてしまうインスタのストーリーに載せたんだったと思う。「24時間で消える」という、休日の昼寝でまどろみながらみる夢のような軽さと、一部の友人にしか見えないよう文字通り「鍵をかける」ことをしていたインスタグラムへ、その日のたわいもない記録とともに、ちらつく「呪い」の影をもそっと置いてきた。

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グリーンレイクは、素晴らしい湖だった

同じような「呪い」の話が、先日一人暮らしを始めた友人が食洗機を買った時にも出た。

「一人暮らしで食洗機買うなんて贅沢って言われるかもしれないけど、本当に家事が苦手だから楽になったよ」

笑いながらそう話す友人のそばにいた誰も、「まあ!なんてぜいたくなこと!」という表情も発言もしていなかったと思う。

でもそこにある「どこかの誰かの何か」=呪いが、彼女の心にそっと「おいおい、一人暮らしで皿を洗う時間もないのかい?」と問いかけて、そう発言させたのかもしれない。

他にも、会社で上司に「最近調子はどうだ?」と聞かれて、「とっても楽しいです!」と答えたら、怪訝な顔をされ「若い頃はもっとガムシャラにやった方がいいぞ」とアドバイスをされた話も聞いた。

考えだせばキリがない「呪い」が、常に、そして恐ろしいことに無意識に、自分にまとわりついてくるようだ。コバエのように、ぶーんと存在を音で知らせてくれたりなどしない。それはぬるっと、気づいた時に共にある

ここまで読んでいただいた人の中には、呪いなんて物騒なワードを聞いて「そんなこといっても、留学では語学を伸ばすべきだから、現地の友人を作るべきだよ!」と感じる人もいるかもしれない。

もちろん、その考えは間違ってはいないのだけれど、留学で日本人の友人と過ごす経験が、否定されたり劣っているわけではないことに気づいてほしい。
お皿洗いが瞑想みたいで気持ちいい私からしたら、一人暮らしのお皿の量で食洗機は要らないな、とおもうけれど、それが煩わしいと思う人がいることも、なんら変ではないことなのだということに。

そう。いろんな見方があっていいのに、私たちにすりこまれた「呪い」=「こうあるべきだという社会通念」は、人の頭と心に根を深く伸ばし、その正体を隠している。

勉強や仕事をすること自体を楽しんだり、生活の中で楽をしたり、「より楽しく生きたい」を心の奥では切望しながらも、

「本当にこんなに楽しいだけでいいのか?」「辛さ苦しみ・我慢がないと、いけないんじゃないの?」そう自問自答する意識こそが、呪いの正体だ。

おそらくそれは、戦時中か高度経済成長期か、「我慢をして欲しい人」たちが、都合よく「我慢は美徳だ」と石の上にも3年いることを、強い意思で説いたのだろう。(※決してダジャレを言いたいわけじゃない、と打ってから気づいてしまったので訂正しておく)

もしくは「本当はやりたいことをやれない可哀想な自分」を、傷つけないようにするために「やりたいことよりも、やらなきゃいけないことがあるのよ」と、足るを知るフリをしたのかもしれない。

あるいは「自分の意思で、物事を楽しみつくしてみて、成功した!」という成功経験を、幼少期からあまりにも積んでいないから、想像ができなくて怖いのかもしれない。
(小学校からすでに勉強やクラブは「大人に言われた我慢するもの」として扱われている気がする)

呪いは、いつから、そしてなんのために、私たちの心に住み着いているのだろうか。口語的に一言でまとめるなら「やばい」のだと思う。

さて、この文を読んだあなたに、台本のト書きのセリフを考えてもらって、この文章を終わりにしようと思う。

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ある晩。大学時代の友人と3年ぶりに街で遭遇し、そのまま近くの居酒屋で飲むことになった。ひとしきり共通の友人の話をして盛り上がる。酔いが回ってきた。時計は23時をさしている。

友人A「ところで、仕事の方はどう?」
※仕事の部分を、部活や勉強、結婚生活に置き換えても良い
あなた「            。」

どんなセリフを言うかを考えた後に、本当はどんなセリフを言いたいか?を考えてみたいと思う。
私やみんながどんな呪いにかけられていて、そこから解放されたら何をしたいかを語り合ってみたいものです。(日本語でも、英語でもね!)


♪ 留学の時によく聞いてた曲を1つ。
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Sugar / Maroon5


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