海辺の町にて
波乗りのあと
波乗りを趣味にしている人なら共感してもらえるだろうが、初冬と言うこの季節に着る5ミリのウエットスーツは温かくてありがたい。ところが海から上がって脱ぐとなると大変で、若干ぬれた(湿った)身体に張り付いたウエットの裏地を、四苦八苦、七転八倒、まさに悶絶しながら肘や袖や足首から少しずつ外していく。濡れているので車の中でと言うわけにも行かず、外で、冷えてくる身体の感覚と戦いながら脱ぐのである。
ところが今回は恋人がいる。
1時間ほど海の中にいて上がってきた私の着替えを、さっそく手伝ってくれた。
彼女は、波乗り男の着替えを手伝うなんて初めてで、それはもう嬉々として手を出してくれた。ウエットを脱いだあともかいがいしく、お湯の入ったポリタンシャワーを身体にかけてくれ、身体の冷える前に、着替えを終える事ができた。また赤児のそれのように小さく縮こまったチビ君も、温水をかけ、もみほぐし、最後にちょっと口に含んでくれ、すっかり元気にしてくれた。
女のかいがいしさ優しさがありがたい。男の子に生まれて良かったと実感する時である。
恋人の長い髪
小一時間後、私たちは海沿いに走る国道に面したホテルに入った。長いキスから唇を離した恋人は、「(私の唇が)ちょっとだけどしょっぱい(塩っぽい)感じね、」と少し紅潮した頬をこちらに向け、恥ずかしそうに少し笑いながら教えてくれた。
潮が落ちきっていないんだ。先にお風呂にはいろうかと答えながら、腕の中でキスをせがむ女を見て、私は思う。若い女だからこその、白い肌、ふっくらとした胸、丸くたるみのない尻、どれもが私を幸せにしてくれるのだが、何にもまして目前で恥ずかしげに微笑む恋人の瞳が、もう一度もう一度と、キスを欲しがる少し口紅のはげかけた唇が、そして私の一番好きな長い髪が、私の波乗りを待つ間に潮風に当たって緩やかなしなりを帯びたその長い栗色の髪が、私のすさんだ心持ちといったものを真に落ち着かせてくれるのだ。
二人でゆっくりとお風呂に入ったあと、ベッドに体を横たえた恋人の髪を何回も撫でつけながら、そう、小さな子をあやすように撫でながら、私は、どうかこのままこの女を、私の腕の中で一時(いっとき)、眠りにつかせてあげられないものかと思い始めた。
家族や知人の目を避けながら、都合のつくわずかの時間を共有するしかない私たちには、一晩を二人で過ごすと言うことが出来ない。だからこそ、この若い恋人を私の腕の中で、ひととき眠らせてあげることができたら、小さな寝息をたてて眠る女の髪を撫でてあげることができたら、どんなにか幸せだろう。そんな切ない気持ちになったまま、でもその話は言わずに、目の前で私の胸に顔を押しつけたままの彼女の、髪をそっと撫でつづける。
でも私たちにはあまり時間がない。
頭に手を置きながらも、耳を首筋を舐め始めた私に、明かりを消して欲しいとの恋人の懇願を聞き入れて、枕元にある部屋の照明スイッチに手をのばすのである。