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「掌編小説」僕の喪失#2023年のいっぽん

ガタガタ…ズカズカ…
ガタガタ…ズカズカ…
ガタガタ…ズカズカ…

朝から知らない男の人が家の中に三人も入って来た。色んな質問をボクのパパにして、それからパパを三人掛かりで抱き抱えて連れて行っちゃった。
ママは
「〇〇ちゃん、いい子にしててね」
って何度もボクに言ったけど、ボクは襖の陰に隠れて、プルプル震えて座っているしか出来なかったんだ。
バァバもジィジも
「大人しくしてて、本当にいい子ね~」
って言ってくれたけど、ボクはそれがいい子なのか、どうか分からなかったよ。

ママは色んな物を持ってボクを置いて行っちゃった。

あれからママは時々帰って来て、ボクを抱きしめて泣くようになった。
大好きなパパは帰って来ない。
あの男の人達に連れ去られちゃったんだ。
これが、ママがよく見てるワイドショーで言ってる「ユウカイ」?それとも「ラチカンキン」?


ボクはある日、ずっと考えていた計画を実行に移す事にした。バァバが料理をしている間に開いたドアのすき間から、そっと外へ飛び出した。


でも、ボクは知っている。
此処はマンションの六階だ。
身長の低いボクはエレベーターのスイッチに手が届かない。
だからボクは、この時間を選んだんだ。夕方は人の昇り降りが激しい。右隣に住む綺麗なお姉さんか、離婚したばかりで元気のない3号室のお兄さんあたりが、そろそろ帰って来るはずだ。

チーン

エレベーターの扉が開いた。
乗っていたのは、ボクが期待していた右隣の綺麗なお姉さんじゃなかった。
「宅急便さん」て言う段ボールを運んで来て、いつもお礼を言われるお兄さんだった。
お兄さんはボクを見て「あれっ?」って顔したけど、忙しいからすぐに何処かの部屋へ段ボールを持って行っちゃった。

シメシメ

ボクは無事にエレベーターに乗り込むことが出来た。あとは座っていれば、誰かが一階でスイッチを押すのを待っていればいい。

チーン

一階に着いた。エレベーターの扉が開くと待っていたのはボクの苦手な三階のわんぱく坊主達だった。
コイツらに捕まると長くなる。
コイツらは二人で同じ顔して、いつも泥だらけの手でボクを撫でるんだ。
「カワイイなぁ~」
ふん、ありがた迷惑って言葉を知らないのか?
おっと!そんなことを考えてる暇はない!!
ボクは四つ並んだ小さいスニーカーの間をすり抜けて、全速力で走った。

まずはパパの会社に行く。
会社に行けば、パパの「ジュウギョウイン」の人達が、仕事を終えて帰って来ているはずだ。

ハアハア…ゼイゼイ

あ、あれ?
会社は真っ暗だった。誰もいない。
まだ、お仕事終わってないのかなぁ?

じゃあ、次は駐車場に行く。
パパのトラックやダンプやユンボが置いてあるはずだ。ひょっとしたら、そこで「ユウカイ」と「ラチカンキン」の手がかりが掴めるかも。

ガラ~ン

あ、あれ?
駐車場には、何もなかった。
パパが片手で抱っこして乗せてくれたユンボも、
ジュウギョウインの人達と乗ったトラックも……
パパが大切にしてた物が、何にも何にもない……

ミ、ミノシロキンだ!!

ママが大好きなサスペンスドラマで聞いた事がある。犯人が「ミノシロキン」を要求して来たんだ。
お金がないママは、きっと「ミノシロキン」の代わりにパパの大切な物を渡したんだ。

バカだな…ママは
「ミノシロキン」を払っても、ユウカイハンはヒトジチを返してくれないよ!!
いつも「相棒」で観てるだろ!!

やっぱりボクが、ボクがパパを探し出す!
ボクは走った、パパが行きそうな所を全部。
「車に気をつけろよ」
パパがいつも言ってたようにちゃんと道路の端を走った。

クンクン

たまに立ち止まって、パパの匂いがしないか手がかりを探すのも忘れなかった。

パパ、パパ、パパァーー!!

何処へ行っちゃったんだよ。
連れ去られる前の日も一緒にお散歩しただろ。
でもあの日は
「ちょっと頭が痛いから、ゴン、ショートコースな」
って短いお散歩だったけど。
パパがボクを置いて何処かへ行っちゃうなんて「ユウカイ」しか絶対絶対ないんだから……

ボクは走った、走って走って走って……お腹が空いた。
もうお家へ帰ろうかな?
ソウサはまた明日にしようかな?
「腹が減っては戦はできぬ」
ってパパがよく言ってたもんね。

トボトボトボ…

疲れて歩いていたボクの前に
「あーーー!パパだ!!」
パパと同じ作業着を着てる。あれはパパだ、間違いない。
ボクは最後の力を振り絞って走って、パパの後を追った。
「パパ、パパ、パパ〜」

ギュッ

後ろからバァバがボクを抱き上げた。バタバタ暴れるボクを羽交い締めにして
「ゴンちゃん、よく似てるけど違うよ、あの人はパパじゃないよ」
って言った。
「探したのよ~、何処行ってたのよ。ゴンちゃんまで居なくなったら、ママが泣いちゃうよ」
ボクのソウサは終わりを告げた。



あれから何度も何度も春が来て夏が来て秋が来て、パパが連れ去られた冬が来ても、パパは帰って来なかった。

ボクのお散歩の担当は、いつの間にかバァバに定着した。バァバはボクを連れていると近所のマダム達にいつも「可愛い」って誉められるのが自慢になった。
当たり前だ。ボクのひいひいひいひいひい…お爺さんやお婆さんはフランス王侯貴族に可愛いがられていたんだぞ。
マリー・アントワネットってお姫様もボクの先祖と暮らしていたんだ。

あの頃、
「ゴンちゃん、待っててあげてね」
ママは、ボクによくそう言うようになった。
だからボクは毎日毎日、夕方になると玄関の前でパパの帰りを座って待った。
でも、やっぱりパパは帰って来なかった。

管理人のおじさんとおばさんが
「本当に早く治って欲しいです」
って、ボクのお散歩の帰りにバァバに声を掛けているのを聞いた。頭のいいボクは、パパが病気になっちゃったんだって気が付いた。
パパはユウカイされたんじゃなくて、あの日、キュウキュウタイインって人達にキュウキュウシャに乗せられてお出掛けしちゃったんだ。


じゃあ、治ったら帰って来るよね?!


ボクはまた、パパが帰って来る日を待った。
そのうち、ボクは匂いが分からなくなった。次は耳が遠くなった。それから眼が殆ど見えなくなった、最後は歩けなくなった。もうソウサも出来ない、玄関へ行ってオスワリする事も出来ない。
綺麗なお姉さんは結婚しちゃっただろうか、わんぱく坊主は大きくなったかな…

寝たきりってヤツになっても、ボクは待ってたよ、パパ。
身体を動かせなくなったから「ジョクソウ」(褥瘡)ってのになって身体中が痛かったけど、ママが
「パパとお揃いになっちゃったね」
って言うから、パパとお揃いならいいや!って我慢したんだ。
ボクはワンコにしたら超長生きだって言われる二十歳になった。立派なお爺さんらしい。
でも、ママが
「待っててあげてね」
って毎晩、毎晩泣くから、ボクは頑張ったよ……

大好きなご飯が食べられなくなって、ママが抱っこして凄い栄養があるって言うミルクを飲ませてくれる。まるで赤ちゃん扱いだ。
ボクのプライドは、ちょっとだけ傷付いた。
でもパパに会う為にボクは一生懸命そのミルクを吸った。
だんだん、ミルクが飲み込めなくなった。ミルクが喉を通っていかない。ママが
「パパと同じ嚥下が出来なくなっちゃったね」
って言った。エンゲ?エンゲって何だ?
でもパパとお揃いなら、いいや。



ママ、ごめんなさい
その時が来たみたい
ボクはママとの約束守れなかったよ
頑張ったけど、もうダメだ
パパにもう一度もう一度、逢いたかったな……

ボクは最期の力を振り絞って声を上げた


「パパ〜」


眠っていたママが飛び起きて、ボクを抱きしめた。

「ありがとう、ありがとう、ゴンちゃん
ごめんね、ごめんね、もういいよ、頑張ってくれて、ありがとう、ゴン」

(パパ〜〜〜)






※稲垣純也様の素敵なお写真をお借りしました。(三回目ですね)
本当にありがとうございました。



(あとがき)
主人の愛犬 ゴンは本当に賢い仔でした。
よく自分の飼い犬が一番可愛いと言いますが、ゴンは可愛いよりも賢い不思議なワンコでした。幼い頃から沢山のワンコを飼った私ですが、あんなに賢い人間のような仔は居なかったです。
人の話は殆ど理解していたと思います。

主人が入院してから、マンションを脱走して何度も会社まで探しに行った話は本当です。マンション住人にエレベーターのスイッチを押させていました(笑)

私が「待っててあげてね」って言ったのが悪かったのでしょう。
忠犬 ハチ公ではないけれど「生きる」事で主人の帰りを待っているようでした。亡くなる時は誇り高き美しいパピヨンの姿を捨てボロボロの満身創痍の姿で、主人の帰りを待っていてくれました。
秋には二十一歳になる高齢犬でした。
このお話しを書いていて涙が止まらなくなりました。だから読み直しはしません。

※平成二十六年 八月二十四日 ゴンちゃん二十歳亡
また大好きなダーちゃんと一緒に居られるかな?
きっと一緒に居るね。
ありがとう(涙)

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