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「ショート」開いているドア

お題がないと書けないことに気付いた私(苦笑)
「画像」からのイメージで書く2作目。
また稲垣純也さんのお写真をお借りしています。
風邪頭のリハビリ(笑)のつもりの「ショート」
そろそろ復調の兆しあるといいな~。



「開いているドア」
        ※サブタイトル『親子愛』



「慎吾、慎吾は何処?」
「お袋、僕だよ。僕は此処に居るだろ?」
「すみません、どこのどなたか存じませんが、一緒に慎吾を探してくれませんか?」
虚ろな視線の母は僕の身体を通り越して遥か彼方の僕を探している。
白いモスリンのパジャマに素足のままで
「慎吾〜、慎吾〜」
家中を探し歩く。
僕はその度に母と一緒になって居るはずのない僕を探す。
「慎吾、慎吾、本当にどこに行っちゃったのかしら?あの子」
母の心配はだんだんと絶頂に達していくようだ。

リモートワークになってから、母の介護のせいで仕事は捗らない。
「慎吾〜、慎吾〜」
今度はどの部屋を探しているのだろう。
僕は疲れ果て、母を置き去りに二階の仕事部屋に戻った。
書斎と呼ぶには貧弱だが本棚に囲まれたこの部屋が、僕の一番の安らぎの場所だ。
開いていたパソコンの前に座り、さっきまでしていた表計算の作業に取り掛かった。
しばらくするとコンコンとドアがノックされた。
「貴方、珈琲が入ったわよ」
妻の恵美が深い香りを漂わせた湯気の立つカップを僕の机の上に置いた。
「お袋は?もう疲れて寝たの?」
急に静かになった家の中を不審に思い、恵美に尋ねた。
「さぁ、私はキッチンで珈琲を落としていたから」
恵美は僕の母によく尽くしてくれる優しい妻だった。そんな恵美の唯一の楽しみ、趣味が本格的な珈琲を淹れる事だ。
「そうか、ごめん。君のせっかくの趣味の時間だったね」
「いいのよ、貴方。それよりも飲んでみて。今日のお味は如何かしら?」
にっこりと微笑む恵美の姿は、優しさに満ち溢れている。この瞬間が、本当にいい人と巡り合い結婚出来たと僕が幸せを感じる時だ。
母はそのうち、お金を貯めて介護施設に入ってもらおう。もう僕の事さえ分からないんだ、仕方ないだろう。
「ねぇ、貴方、いつもより少しビターじゃない?」
心配そうな顔で僕を覗き込む瞳は、イタズラをした子供のように輝いていて可愛らしい。
「ううん、美味しいよ。ありがとう」
「そう、良かった。じゃあ、私がお母様のお部屋を見て来るわね」
お盆を片手に恵美は部屋を出て行った。
ふと部屋の窓から外を見下ろすといつもは鍵を掛けてあるはずの門のドアが開いていた。
母が徘徊しないようにいつもは厳重に鍵を掛けてあるドアが…
「あれ?誰が掛け忘れたのかな?」
急いで階下へ降りようとすると足がもつれた。力が入らない。
それでも母の様子を見に行かなければ……
「あっ」
僕は階段を踏み外し、そのまま下まで鈍い音を立てて転がり落ちた。



ピーポー、ピーポー……

遠くに救急車のサイレンの音が聞こえる。

薄らいでいく意識の中で僕は今日誤って届いた郵便物を隣へ届けに行ったのを思い出した。
あの時、お袋が僕を呼ぶ声が聞こえて急いで……
ああ、鍵を掛け忘れたのは僕だった。
「ごめんね、お袋」





その頃、母の部屋では母娘が会話を交わしていた。
「恵美、そろそろ門を閉めておいでよ」
普通の洋服に着替終わった母が珈琲を飲みながら娘の恵美に言った。
「そうね、お母さん」
「全く入り婿のくせに呆けちゃって」
「ごめんなさい、私があの人と結婚したばっかりに、お母さんに嫌な思いをさせて」
「これでもう、あの男の妄想に付き合わなくて済むねぇ」
「本当に良かったわ」
恵美はまた優しい微笑みを浮かべた。














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