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「エッセイ」私のこと好き?

「私のこと好き?」
「大好きだよ」


主人と結婚する時に、私達はたった一つ約束した事がある。
毎日、愛を確認しようって。
日本の男性は、なかなか口に出して「愛してる」とか「好き」だとか言ってくれない。
恥じらいや謙虚を美徳とするお国柄なのだろうが、口に出して言ってくれないと分からない「時」もある。

ダーちゃんは、どちらかと言うと右よりな思想の男だった。
終戦記念日には、ビシッと真っ黒なシルクのスーツに身を固め、頭から汗が噴き出すような灼熱の中、靖国神社で黙祷を捧げる姿勢を崩さなかった。
「男の中の男」だと先輩や後輩から慕われ、尊敬されていた。亡くなってから五年の月日が流れても、まだヤツの武勇伝を語る人は後を絶たない。

そんな男が毎日、「愛の確認」なんてしてくれるとは、思っていなかった。
ところが新居に引っ越しをしている時、向こうの方からボソッと言った。
「愛してるは、さすがに恥ずかしいから勘弁してくれよな」
「ん?」
何を言い出したのか、コイツ。
「好きって毎日言おうぜ」
「はぁ?」
二人で四つん這いになって、カーペットを敷いていた時、突然にだ。

ダーちゃんは最初の結婚に失敗している。私と一緒になると决めた時も
「俺、結婚生活には不向きな男だけど、それでもいいか?」
と私に言った。
その時は既に結婚式の日取りも決まっていたから、何を今更?と思ったものだ。
そんな事、とっくに分かってて一緒の日々を過ごしてきたんじゃない(苦笑)

そんな男が
「好き」
を毎日、言い合おうと提案してくれている。
私はもちろん
「うん、大好きだよ〜」
と答えていた。

「じゃあ、一日最低10回な!」

あの日から、ダーちゃんの意識が無くなる日まで私達は毎日「大好き」と言い合った。
時に「大好き」は、喧嘩をした時やダーちゃんの朝帰りの「ごめんなさい」の代用品だったりしたが(苦笑)
とにかく毎日毎日が「大好き」で溢れていた。
それでも甘えん坊の私は、たまに自分から
「ねぇ、私のこと好き?」
と聞いた。
「大好きだよ」
どんなに忙しくても、一瞬だけ私の方を向いてダーちゃんは「大好き」の魔法を私にかけてくれた。
でもダーちゃんから
「俺のこと好きか?」
と聞かれた事は結婚してからは一度もなかったと思う。
最初に付き合おうと决めた時だけだ。
「俺のこと好きか?」
って聞かれたのは。

私にとっての「大好き」は安心を得るための「おまじない」や一日を楽しく過ごせる「魔法」の言葉だった。

「私のこと好き?」

そう尋ねても返事をしてくれる人は居なくなったが、今も私の生活のあちこちに「大好き」の余韻が散りばめられている。
ペアの珈琲カップ、お茶碗、お箸…
ダーちゃんが大好きだったシーサーの置き物…ダーちゃんが書き残した海の絵…

あの時、「好きって毎日言おうぜ」って約束して、良かった。
言葉には言霊が宿る。
今日も私は耳の奥の「大好き」の余韻を楽しみながら生きていく。


三羽さんのこの企画?お題?に参加させて頂きましたm(__)m







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