見出し画像

「ショート」私のこと好き?4#私のこと好き

『私のこと好き?
   好きでも嫌いでもない』

オカメインコのメロンが窓際に置いた鳥かごの中で朝から何度も同じ物真似を繰り返す。爽やかな朝を迎えたいのに、いつもこうだ。
試しに朝の挨拶を教えようか。

「おはよう、メロン」
滑舌よくはっきりと俺は発音した。それでも

『私のこと好き?
   好きでも嫌いでもない』

メロンは、それしか言わない。
俺はいらいらしながら、もう一度メロンに言う。

「お、は、よ、う」
『私のこと好き?
   好きでも嫌いでもない』

「ああ、もういい、分かった分かった。頼むから黙っててくれよ」

『頼むから黙っててくれよ!
   雅也さんなんて大嫌い!』

「えっ?おい!メロン、お前、今、何て言った?」

『頼むから黙っててくれよ!
   雅也さんなんて大嫌い!』

飲んでいた珈琲をメロンにぶちまけたくなった。
どうして、こいつはあの日の言葉だけを覚えているんだ。

『私のこと好き?』
小百合が俺に訊ねた時、
『好きでも嫌いでもない』
俺は確かにそう答えた。

あの日は原稿の締め切りに間に合わなくて、今日のようにいらいらしていたんだ。
甘えん坊で、まとわりついてくる恋人の小百合が、煩わしくて、そのままの気分をただ口に出した。

『頼むから黙っててくれよ!』
そうだ、確かにそう怒鳴った。
『雅也さんなんて大嫌い!』
小百合は、そう言うとこの部屋を出て行った。

仕事が一段落付いたら、謝りの電話をいれればいいだろ。
どうせ、あいつはまた尻尾を振って俺のところへ帰って来る。その時は
『私のこと好き?』
って聞かれたら、思いきり抱き締めてやればいい。小百合は甘えん坊過ぎて自立心が足りないんだ。そこが可愛くて憎めないんだけど…

ピーポーピーポー

表通りで救急車の音がしたが、俺は気にも止めずに原稿用紙を埋める事に没頭した。二時間程経っただろうか。俺の携帯電話が机の上で振動して着信を告げた。
「うっせぇ〜なぁ、誰だよ。なんだ、小百合か」

「もしもし!小百合、まだ原稿がっ」
「もしもし、此方〇〇署の渡辺と申します。」
スマホの向こうから警察と名乗る見知らぬ男の声がした。
「は、はい?」
「村瀬 雅也さんの携帯で間違いありませんか?」
「そうですが、何か?」
「前野 小百合さんがお亡くなりになりました」
「えっ」
「そちらのアパートを出て直ぐに車に轢かれて」
「そ、そんな」
「身元引受人のご両親が遠方に住んでいて、ご確認願いたいと思いまして」
「は、はい、直ぐに行きます」

俺は指定された病院の霊安室に入った。
警察官が事務的に小百合の顔に掛けられた白い布をめくった。
「前野 小百合さんに間違いありませんね?」
「は、はい」
頭に包帯が巻かれ青白い顔になっていたが、それはさっきまで俺の前で拗ねていた小百合だった。
「嘘だろ、おい…」
揺り動かすと小百合の身体に僅かに残った温もりが俺の手に伝わってきた。手を握るとぐにゃりと柔らかなままだった。
「まるで自殺するように車の前に飛び出して来たそうです。お気の毒ですが、殆ど即死に近い状態で…」
警察官の後の説明は俺の耳には入って来なかった。


『私のこと好き?
   好きでも嫌いでもない』

小百合が飼っていたオカメインコのメロンは、あの日から、そればかりを喋り続ける。
まるで呪文のように…

『私のこと好き?
   好きでも嫌いでもない』

「うるさい!気狂いインコ!」
俺は立ち上がると
「大好きだった!大好きだった!大好きだったんだぁ〜〜!」
叫びながらメロンの鳥かごに近付いて、
バタバタと暴れる小さな身体を鷲掴みにしたまま窓の外へ放り投げた。
猫にでも喰われてしまえばいい。
俺の気持ちなんて知らないくせに。

『私のこと好き?
   好きでも嫌いでもない』

鳥かごは空っぽでメロンは居なくなったはずなのに、俺の耳にはまだあの日の言葉が響く。

なんだ、メロンじゃなかったんだ。
狂っていたのは俺の方だったのか。

『私のこと好き?
   好きでも嫌いでもない』

あの日からずっと何十回も何百回も原稿用紙に書き殴っていたのは俺だった。


  



三羽さん、素敵な企画をありがとうございますm(__)mこれでラストにしますね、多分(笑)
よろしくお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?