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#家族について語ろう「告白」3


「お姉さん、すみません」
相変わらずの叩きつけるような雨の中を山崎 志郎はしきりに恐縮しながらタクシーを降りてきた。
「いいのよ、志郎はまだ学生なんだし」 
私はタクシー代を立て替えた事にたいして彼が謝っているのだと勝手に解釈した。
後になって考えてみると、彼はそんな事はどうでもよかったのだ。あの状況の中、結花を怖い目に合わせ逃げ出すのが精一杯で、結花の父をあの渦中に置き去りにして来てしまった。

(何が起こった?何が悪い?俺はどうすれば良かったんだ?)

志郎の若い頬が肩が小刻みに震え、容赦なく降り続ける大粒の雨が、そのどれをもびしょ濡れにしていた。
人間とは、いや私は不謹慎な動物だ。
あの時、私はこの青年を美しいと思ったのだ。あの夜の稲妻よりも蒼ざめ、大粒の雨の雫がつたう頬、若者らしいシャープな顎のライン…
その全てが緊張という神経で張りめぐらされていたその顔を私は美しいと感じていた。

「結花は?結花ちゃんは?」
ぐっしょりと濡れた青年の瞳の指す向こうに妹の結花は居た。真っ青な顔で幼子のように泣きじゃくりながら涙を拭おうともせずガタガタと震え、車の後部座席に小さく収まっていた。
腰が抜けてタクシーの座席から一人では降りられなかった。
(ただ事ではない!)
ここへきてやっと私の単純な推理は木っ端微塵に打ち砕かれた。平静さを取り戻した志郎が抱き抱えるようにタクシーから結花を引きずり降ろした。
元々が勝ち気で冷静な青年だった。結花が降りるのを待ちかねたようにタクシーは水飛沫をあげて走り去った。
誰だって、こんな雷雨の深夜にずぶ濡れのしかも靴も履いていない客は、いい迷惑に違いない。
本当になんて夜だ。

車が走り去った途端に結花が抱きついてきた。まだ震えている。詳しい事情を…なんて聞いているどころではない。まるで本物のエクソシストを見てきたかのようだ。
「とにかく濡れるわ。さぁ、中へ」
「いいえ、お姉さん!」
片方の手に濡れた靴下をぶら下げて、志郎はきっぱりと言った。
誠司さんを呼んで下さい」
※亡くなった私の主人 志郎とも知り合いだったが、私と交際はまだしていなかった。

彼の話を要約すると
『これは何か大変な病気かもしれない。人の耳に入ってはマズいような…でも信頼出来る男手は必要だ』
今、思い起こすと志郎は敢えて私達姉妹の前で「精神病」と言う名前を伏せてくれたのだと思う。
しかしそんな優しい心遣いは一夜の夢と消えてしまうのだが…

深夜の呼び出しにも関わらず誠司は快く直ぐに来てくれた。
「何があった?」
「誠司さん、話は車の中で!とにかく、もう一度安西の家に戻らないと大変な事になる!」

相手は妹の沙希なのに、私達4人は宿敵ゴーストを倒すゴーストバスターズのようだった。
隊長はもちろん素足の志郎だ。

私は愛車のポンコツ、プレリュードのエンジンを掛けた。酔った時の私の運転は荒い。
飲酒運転にスピードオーバー、信号無視…
あの日の罪状を挙げれば、いっぺんで免許がぶっ飛ぶ。

「お姉ちゃんがお姉ちゃんが殺してやるって。私の目の代わりに結花の目をくれてやれ!って。それから首を絞められて、そこから逃げると今度は台所の包丁を掴んで……とにかく急いで!お父さんが殺されちゃう!!」

結花の話が進む度にアクセルを踏み込む私の右足の力が増していく。

「沙希さんの目が座っていました。物凄い力で…僕でも押さえられなかった」

何を言ってるの?志郎は身長178センチ、高校時代、柔道部でならした猛者だ。沙希は体重 45キロ程のどちらかと言えば華奢な女のコだった。
そんなバカな事…でも、それが本当なら義父が危ない。
義父はもの静かで優しい人だった。私の事も分け隔てなく、いや不憫な分だけいっそう気を使って接してくれた。41歳の時に脳梗塞を患い片麻痺が残る。その為に逃げ遅れた?

いや、志郎の話は違った。
義父は結花と志郎を庇うように襲ってくる沙希の前に立ちはだかった。悪い身体をおして。
それでも二人に玄関で靴を履く時間も与えなかった沙希。娘の両足にしがみつきながら、義父は

「逃げろっ!」


叫んだのだと言う。



個人情報の為、名前などは仮名ですが、殆ど実話を元に当時の私が書きました。
何故、小説仕立てにしたのか交通違反で捕まりたくなかったから(笑)
多分、妹二人の将来を考えてだと思います。

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