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来年春から高校生になる娘とのこと

これは、Fecebookで繋がっている友人たちに向けて書いた投稿に加筆したものです。

S高校に入学が決まったことを一つの区切りとして、関わってくださった皆さんに、私の感謝の気持ちを伝えたかったのです。また、不登校の子どもと関わる人、あるいは子育て中の方、生きづらさを感じている方に、何かのヒントになればいいなと思い、これをnoteにも残しておきます。

この時代にN高、S高という学校ができたことにも本当に感謝しています。来年からが娘の新しいチャレンンジが始まりますが、弛まずサポートできればと思っています。

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こんばんは、長文の投稿です。
11/18日、早々に中3娘の高校が決まりました。


一年で数日のスクーリング以外は全ての授業をオンラインで受けられるS高校。N高の姉妹校で、来年4月に新設されます。


通信制なので願書を出すだけで、ほぼ落ちることはないのに、とても嬉しい。そんな風に思えるほど、ここに辿り着くまでは私にとって本当に長い長い2年半でした。


2016年3月の転職をきっかけに在宅勤務が始まった私。時間的にも経済的にも若干の余裕が出てきたのを見計らったかのようなタイミングの中1の6月、娘は学校に行けなくなりました。


その原因を知りたくて、沢山の本を読み漁りました。それらは決して無駄ではなかったけれど、根本的な解決にはなり得ませんでした。


娘の心のうちは彼女自身にすらよく解らず、常に揺れ動いていたように見えました。そんな状況で私が原因を探ることなんて、そもそも無理だったと思います。


親である私に必要だったのは、今現在の彼女の息苦しさに寄り添うことと、私自身の仕事と生活、心身のバランスを保ちながら、娘に望まれるサポートをすること。


今思えばそれだけで良かったのだけど、最初からそう上手くは進められなかった2年半。


親子で四苦八苦しながら、色々なサポートを借りながら、薄紙を剥ぐように本当に少しづつ、トンネルの先の光が見えるようになりました。


山谷あるものの、学習に対して前向きになりオンライン個別塾で数学だけは受講し、ほぼ3年分を数ヶ月で終わらせられそうなこと。そして高校も大学にも行きたいと思えるようになったことが、行先を照らす光に感じられています。


多少面倒でも、辛いことがあっても、義務教育を受けること。それは私の価値観ではごく当たり前のことでした。それがなぜ、できなくなってしまったのだろうかと過去を探り、幾度も将来を憂いました。


そして学校に行かないなら家で勉強するべき、だという思いをなかなか崩せず、娘には強い態度こそ取らなかったけど、無言のプレッシャーを与えてしまったのでした。

でも、実は学ぶには多くのエネルギーがいるし、自己肯定感という土台なしではできないことだったのに、当初の私は全くそれに気づいていなかったのです。

親の立場からすると、なぜ、さほど不自由のない暮らしで、そんなに苦しいのか?などど最初は考えていました。それは全く意味がなく、全く共感を欠くもので、2重3重に娘を苦しめたのです

知識だけで武装して、理解のある親でいるつもりだった私。

何度も娘に”ママは全然わかってない!”と言われました。

不登校を選んだ子どもの苦しさは子ども自身の中に確固としてあるもので変えられない。それを他者が”そんなに苦しいわけがない”と無言であっても押し付けることは、重ねて子どもを苦しめることになります。

長い時間踠いて、ようやく私が成し得たのは、娘が彼女らしい人生を生きるための選択を丸ごと受け入れて、可能な限りサポートできる親になれたこと。

子どもであっても別の人格であるということを、頭では解っていたはずなのに、全く腹落ちしてなかったということをあぶり出された時期。これを経て、ようやく親として少しだけ脱皮できた気がします。


この間沢山の出来事があり、その度に多くの人達に手を差し伸べてもらいました。


息子の時には殆ど足を向けなかった中学校でしたが、本当に素晴らしい対応で私たちをサポートして下さいました。校長先生、担任のW先生、S先生、スクールカウンセラーさん、市のカウンセラーさん。足を向けて寝られないほど深く感謝しています。

多忙な中にも関わらず細やかな配慮をして下さり、多様な生徒をフォローする仕組みが確立されている日本の教育環境、こういう面では本当に素晴らしいと思いました。


また、私たちに丁寧に寄り添ってくれた友人たち。長期休暇に娘を長期滞在させてくれた弟家族。娘と文通してくれ、いつも変わらず美味しい料理と暖かい笑顔で私たちを迎えてくれた叔父と叔母。

たくさん頂いた共感の言葉。ただ頷いて聞いてくれたこと。娘連れの私と一緒にご飯を食べ、ドライブや旅行に行ってくれたこと。一生忘れられない沢山の大切な楽しい記憶をありがとうございました。


そして、いつも子ども達を気にかけてくれ、平日の昼間にしか市のカウンセリングを受けられないので、その間は仕事を抜けることをOKしてくれた上司のErikにも心から感謝しています。


息子にも大きな感謝を。この期間、彼が家族で良かったと改めて心から思いました。これだけ家族の痛みに寄り添えるハタチはいない、と親バカながら思います。

娘と口論になり、私が泣きながら家出した時に”俺がフォローしておくから、母さんは今日はどこかに泊まってきてもいいよ”って言ってくれて、本当に心強かった。あなたが兄として私のところに生まれてきてくれて本当に感謝しています。ありがとう。


そして娘へ。私のところに生まれてきてくれて、あなたにも心から感謝しています。私自身、自由に生きてきたようでいて、実はガチガチに従来的価値観に縛られていた。そんな私を強制的にアップデートさせてくれてありがとう。

自分ごととして、多様な生き方と在り方について様々な背景をもつ人達にも想いを馳せることができるようになったと思います。女子の制服が着たくないと学校に掛け合った時、あなたが用意したプレゼンに驚かされました。

あなたは賢い子なので、きっとこれから少しづつ学ぶべきことを学んで、しなやかに生きていけるだろうと確信しています。親という立場とはいえ、これだけ深く濃く他者と向き合えた体験は本当に貴重でした。(在宅勤務ゆえ文字通り24H体制で)


鬱屈した気分になり、うまく眠れなかった夜や早朝、キューブでひとりドライブしたのも今では良い思い出です。本当に”キューブマイルーム”でした。

クルマ無くしては私のメンタルを保てなかったと言っても過言ではありません。キューブでゆっくりドライブしながら飲むローソンのカフェオレが、世界で一番美味しくて、リラックスできる最高の時間でした。


家にばかりいる娘を連れ出そうと毎週どこかに誘って、何度も訪れた伊豆や箱根、大磯に何回行ったか覚えてないくらいです。


思えば、早世した母と同じ酉年の娘。スピリチャルにあまり関心はないのだけど、生まれ変わって私と一緒にいてくれているのかもしれないとも思ったり。


これからまだまだ人生のドライブは続くけれど、いつでもステアリングは自分で握りたい。そしてできれば、子どもたちにもそうなって欲しいと心から願っています。


最後に、いつも私のタイムラインに娘の絵を投稿した時にイイねをして下さる皆さんへ大きな感謝を。いつも彼女はそのイイねとメッセージに励まされていました。


人は、どこかで人と繋がらなくては生きていけない。誰かたった1人にでもいいから、存在を承認されなくては生きていけないと思うのです。


その小さなイイねと承認が、彼女の心の燠火の薪となって、それらが積み上がって、ようやくとても小さな、けれど消えない強さの炎になったのだと感じています。


これからも火が消えそうになることもあるかもしれない。そうしたらまた、すぐに薪をくべられる親でありたい。


炎の形なんてどうだっていいのです。人はいずれ変わっていくものであり、思うようにエネルギーを燃やせばいいと思います。
長文をお読みいただき、重ねて感謝申し上げます。これからもゆるく繋がって頂けたらこの上ない幸せです。ありがとうございました!


明日は有給休暇を取ったので、お祝いがてら、2人で海を見に泊まりで出かけて来ます。

トップのイラストは"長靴をはいた猫"さんのもの。娘が大好きで一緒に展覧会を見に行った時に撮影させてもらいました。

*ちなみにこの投稿は娘も確認済みです。


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