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無意識のわたしからのメッセージ。

ねぇ、知ってる?
寝言が手話だったよ。

そんなことを、言われたことがある。
周りに手話を使える人がほとんどいなかった大学院生時代のこと。
毎日ほとんど音声でコミュニケーションを取り、頭の中の思考も日本語でしていたつもりだったわたしは、その一言が信じられなかった。

ここ最近、夢を見ることが多い。そういえば、いつからか夢の中でのわたしは音声だけでなく、手話も使っているような気がする。
音声と手話。
どちらも、わたしの生活に欠かせないものになりつつあるみたいだ。

手話を使い始めて、8年目。

自分の手から手話が出てくること、ふと日本語に変換できない手話の思考があることが自然に増えてきた。無意識のうちにみる夢でも、手話で思考しているのかな。それとも、コミュニケーション手段の1つとして音声と同時に発することが染み付いてきたのか。

わたしにとって、手話は第一言語ではないし、やっぱり聴覚も活用できる。でも、無意識のうちに使っている手話もまたわたしの言語として大事にしてね。っていう無意識のわたしからのメッセージなのかしら。

そういえば、音声の第二言語を学習している人にも同じようなことは起こるのだろうか。
あ、でも、音声は二言語同時に発することはないか。。。
どうなんだろ。

みなさんは、夢の中でどんな言語を使っていますか?

#エッセイ #音の世界と音のない世界の狭間で #聴覚障害 #手話 #旅しゃぶ更新部 #まいにち日記部

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