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わたしのバレンタインー時差も税関も言い訳にできなくなってしまったからー

バレンタインがやってくると、この4年間毎年脳内で再生され続けた、ちょっぴり生ぬるいエピソードがある。

あれは、M2の2月のこと。修士論文を提出して口頭試問を終えて一足早く大学の寮を退寮したわたしは、初めての海外まで一人旅に「安いから。あと、ESTAとか難しそうだからアメリカ経由はやめよう」という浅はかな理由でメキシコ経由のチケットを取ったことを、そして帰りもこの経路で帰国することに絶望を感じながら中米はパナマに降り立った。

この旅の目的は、当時パナマに住んでいた恋人に会いに行くこと。人肌寂しくなった秋の終わりの夜、テレビ電話で「おいでよ」とわたしを誘った彼は、きっと冗談で言ったに違いない。

空港でわたしを見つけた彼は「本当に来ちゃったんだ」とびっくりしていたし、ホテルに着いて近くのコンビニでアイスを買って部屋に帰るまでの道でも「本当に来ちゃったんだ」とびっくりしていた。

わたしだって、まさか自分がパスポートを取得して日本から出国してメキシコで入出国をして今このパナマにいるという事実をどこか夢のような気持ちで迎えていた。

到着が夕方だったこともあり、その日はもうホテルで寝るだけ。エアコンを付ければ極寒、消せばうだるような暑さの部屋で体を寄せ合い、さぁ寝ようというタイミングで彼がこう言った。

「ねぇ。バレンタインのチョコレート、持ってきてくれた?」

……⁈

「え。ないよ。バレンタインって、一昨日でしょ?日本ではもうとっくに終わっちゃったし。」

と答えるわたしに「えー。欲しかった……」と呟いて「バレンタインは男のロマンスなんだよ…」とブーブー言っていた。

初めての海外旅行。わたしなりに下調べをすると、ネットには

・入国デスクは決まり文句で通る。覚えていけ。
・ロストバゲージ(荷物だけ別の飛行機に乗って別の国に行ってしまうこと)したら、しばらく荷物なしで観光しないといけない。
・税関は基本引っかからない。でも、引っかかったら長い。何を言われるか分からない。

と書かれていた。だから、入国デスクで聞かれる決まり文句については全部筆談で答えられるように覚えていったし、ロストバゲージがこわすぎてスーツケースは肌身離さず持ち歩いたし、飲食物は荷物に入れないことにした。

その結果、バレンタインのチョコレートを持っていくという選択肢はわりと早い段階で消えていたもんだから、この人がチョコレートを期待していたという事実に心底びっくりした。わたしを税関で捕まらせたいのか‼︎と。笑

2月は彼のお誕生日もあったからとTシャツをプレゼントしたのだけれども、初日に「バレンタインのチョコレート……」と言われた衝撃があまりにも大きすぎて、Tシャツをあげるときはえらく遠慮がちにあげた記憶がある。
(彼はちゃんと喜んでくれて、日本に帰国してからもちゃっかり着用してくれていたから、たぶん喜んでくれていたと思う)

でも、その次の年以降もバレンタインの時期はタイミングが合わなくて会えないことが続いたもんだから、これはちょうど良いと、わたしもひっそりとこのイベントを避けてきたのだ。がしかし、彼が任期を終えて日本に帰国して、会おうと思えばいつでも会える距離に彼が住むようになって、お互いの都合がついてしまったこの週末、ついに会うことになってしまった。

この4年間、彼は本当にバレンタインというイベントに期待感をもって生きてるんだよな……という印象だけが先歩きしてしまって、あのピンク色の広告をどこかで避けていた。でも、電車で50分のこの距離にはパスポートも要らなければ、税関を恐れる必要もない。なんとか当日に彼の好きそうなチョコレートを見つけて、慌てて待ち合わせ場所へと向かったのだ。

「普通に居酒屋にでも行こう」と言う彼にちょっぴり安心しながら、チェーン店に入り、お喋りしながら楽しく食事をする。そして、ラストオーダーも終わったタイミングで意を決して

「はい!バレンタインチョコレート!」

と箱を手渡すと

「こういうの、すっごく嬉しくて大切にしすぎて食べられないんだよね。」

と言いながら、照れ臭そうに彼ははにかんでいた。そしてちょっと調子付いたわたしが、この4年間バレンタインというイベントがものすごくプレッシャーだったんだよ……とあのエピソードを語ると

「えー、僕そんなひどいこと言わないよー」

と言って笑いながら、「ありがとね」と夜にも朝にもおいしい珈琲を淹れてくれた。来年はもうちょっと気負わないでチョコレートを選びたいし、「一緒に食べよー」くらいのノリで渡せるといいなぁ。なんて思いながら、珈琲をすすった。

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