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ある春の雪の日【長野・篠ノ井線】

3月になったら、どこか、暖かいところへ行こう。

そう約束したわたしたちを暖かいところへ連れて行ってくれるはずの飛行機は、世界的大流行真っ只中のコロナウイルスの影響で欠航。

3月のとある日、わたしたちは偶然に偶然を重ねて、信州は長野にいた。

松本発長野行きの篠ノ井線。前回乗ったのは、確か上高地を訪れた初秋。紅葉で色付いた車窓から見える景色は、ここ数ヶ月、いや、もしかしたらここ数日で、真っ白な雪景色へと変身していた。トンネルを抜けるたび、どんどん眠気が襲ってきて、あったかい暖房の入った車内で、窓を眺めながらうつらうつら眠気と闘う。だって、どんどん白くなってゆくこの景色を眺めていたいから。

「姨捨」(おばすて)なんていう響きがちょっとこわいこの駅は、スイッチバックの名所。勾配を走るため、ちょぴっとバックで進むこの動きはアトラクションのようで。眠っていては、もったいない。

松本から乗ってきた4歳くらいの男の子が、窓の外を食いつくように覗き込んでいる。この、スイッチバックを楽しみに来たのだろうか。電車が後ろに進んでいくにつれて、口が「あ」の形に開いていく。隣に座るママの顔を見ながら、驚きの表情を浮かべる。

そんな男の子を見ていると、隣から「すごいね」と呟く声が聞こえる。「そうだね」そう答えながら、この不思議な時間を過ごす。

おしゃべりが取り柄のわたしたちなのに、篠ノ井線に乗ってからのわたしたちはポツリポツリと呟くだけで、ただ車窓を眺め続けていた。旅も2日目を迎えて、ちょっぴり疲れが出てきたのだろうか。それにしても、山に囲まれるこの長野の景色は、妙にわたしを、わたしたちを落ち着かせる。

東京の満員電車とはどこか違うゆったりとした空気に包まれながら、電車はさらに進んでいく。長野行きの電車に乗っているはずなのに、どこか知らない遠くの世界に連れて行かれそうな感覚に陥る。それは、車窓から見える景色が、真っ白だからだろうか。それとも、スイッチバックの瞬間に、どこか異次元に迷い込んでしまったからなのだろうか。

ふわふわと微睡んでいると、車窓からどんどん雪が消えていって、その少しの雪もだんだんと水っぽくなっていく。気付けば篠ノ井駅。一気に人が増えてきて、見慣れたいつものホームが広がっている。さっきの男の子も電車を降りて、ママと手をつないで歩いている。微睡む意識も徐々にはっきりとしてくる。

「次、降りるよ」

そう声をかけられて、もう一度車窓を眺めると長野の市街が見えてきた。「おなか、すいたね」そう言いながら電車を降り、駅ビルへと足早に向かった。

長野は、雨交じりの雪が降っていた。



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