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狭間をぴょんと飛ぼうとするとき、世界はちょっぴりやさしく、輝きを増すのかもしれない。

彼は、相変わらず、ずるい。

夜更かしをして、ちょっぴり遅く起きた朝。テレビを見ながら、ふとこうつぶやいたんだ。

ぼくたちもテレビを消音にして字幕だけを眺めたら、
案外違和感なんてないのかもね。
要は、きこえるぼくたちが、sanmariの世界に行くってことだよ。

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前夜の雨なんてウソだったのかもしれない。

そう思ってしまうくらい、見事な青空の広がるお昼どき。
テーブルの上には、ほかほかのご飯にお味噌汁、だし巻き卵に、昨夜の残り物たち。
外の世界では「緊急事態宣言」なんて物々しい単語が飛び交う。わたしたちの外出は、最小限に。どこに行くにもマスクをして。そんな日々だというのに。

それでも、わたしの、わたしたちの生活は、日々続いている。

ご飯を食べながらテレビを見ていると、CMが始まった。どうやらおもしろいトークが繰り広げられているらしい。
でも、機械音がニガテな聴覚障害者のわたしには、そのおもしろさが分からない。
同じ場にいるのに、笑えない。同じ場にいるのに、わたしだけ見えない透明な部屋に閉じ込められたような、切ない気持ちが襲ってくる。

そんなわたしの表情を、彼はたぶん、見逃さなかったんだと思う。

ふとリモコンを手にした彼は、なにやら操作を始めた。
数秒後、天気予報が始まるタイミングで、画面の上部に黄色い字幕が映し出された。

「今日は、関東地方に北風が吹いていますが明日には落ち着くでしょう」

こんなにお天気がいいのに、北風が吹いているのか。
ふむ。外は寒いのか。

たった一文の字幕が、わたしの思考を回転させる。

次々と切り替わっていく画面。
次々と切り替わっていく字幕表示。

これを見ながら彼はふとこう言った。

sanmariにとって、これって全然違和感がないものなんだね。
ぼくたちからすると、音声と字幕がズレズレで正直うっとうしいけれど。
でも、音がないってことを前提にこの画面を見ると、確かに違和感がないんだよね。

ぼくたちも、テレビを消音にして字幕だけを眺めたら、案外違和感なんてないのかもね。
要は、きこえるぼくたちが、sanmariの世界に行くってことだよ。

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わたしの世界は一人っきりじゃないんだ。
ふわっと風がまた吹いて、世界がちょっぴりやさしく、輝きを増したような
そんな気がした。


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