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自分の「おもしろい」に気づくことができる人は何が違う?——高校現場で「!!!」が生まれる瞬間を目撃して

「三賢人の学問探究ノート」シリーズの原点でもある、高校生向け進路教材『学問探究BOOK』(非売品)。この教材を企画したメンバーの一人が、リクルートの赤土豪一さんです。赤土さんは「スタディサプリ進路」の編集部で、高校生の進路選択を応援するサービスや教材を開発しています。その傍ら、全国の高校に出向き、進路に関する授業の講師を務めることも。「自分の身近な疑問を起点に進路を考える」という新しい進路選びの提案は、どんな背景から生まれたのか。お話を聞きました。

赤土豪一(しゃくど・ごういち)
教育事業会社を経て、2014年に株式会社リクルートマーケティングパートナーズへ中途入社。現在は「スタディサプリ進路」の編集デスクを担当。


「課題の設定」の前に、自分らしい「課題の発見」があるはず! 

——101名の大学教授や研究者の「身近な疑問が研究の問いに行き着くまで」のストーリーを集めた『学問探究BOOK』は、どんなきっかけで生まれたのでしょうか?

赤土:もともと、スタディサプリを立ち上げ、現在も事業責任者である弊社の山口文洋が、「大学名や偏差値で大学を選ぶのではなく、自分がおもしろいと思える研究や研究者に出会い、学びたいことを見つけて進路を選んでほしい」という進路観を描いていました。同時に「スタディサプリ進路」編集部が注目していたのが、2022年度から高校に探究的な学習が導入される動きです。この改定で、従来からある「総合的な学習の時間」は「総合的な探究の時間」へと変更されることになりました。

■「 総合的な探究の時間」の導入
探究的な学習を通して、生徒自らが課題を見つけて、学び、解決する資質や能力を育成しながら、自己の在り方・生き方を考えることを狙ったもの。
探究的な学習は、①課題の設定  →  ②情報の収集  →  ③整理・分析  →  ④まとめ・表現を経由し、自らの考えや課題を更新しながら、①〜④を繰り返していくものだとされている。


わたしは最初、探究的な学習のプロセスが「①課題の設定」から始まっていることに、少し違和感を抱きました。課題の設定という言葉に、ロジカルシンキングで課題を絞り込んでいくようなイメージを抱いたからです。「それが果たして、正解がないと言われている未来を生きる高校生にとって、必要なことなのだろうか?」と思いました。

ですが、学習指導要領で求められていることをよく読むと、そのイメージが誤解だったことがわかりました。生徒たちが、自分のあり方や生き方と不可分な課題を“自ら”見つけることが重視されていたのです。

たとえば「地球の環境の課題を解決しましょう」といきなり言われても、わたしなら、正直言って「すごくおもしろい! ぜひやってみたい!」とは思えないでしょう。でも、近所を散歩していて、「なんでこの道の隅にだけ、こんなにポイ捨てが多いんだろう?」と自分で気づいたなら、それは、わたしにとって、おもしろい課題になるかもしれない。自分自身が「おもしろい」と思える発見の積み重ねが、高校生にとっては自ら学びたいこと——ひいてはキャリア形成にも繋がっていく。

大学入試改革や、プログラミング学習の必修化など、2020年以降さまざまな教育改革が進んでいます。それに加えて、いま探究的な学習が導入される意味とは一体なにか。わたしたちなりに考えた結果、「課題の設定」の一歩手前の「課題の発見」の場面にこそ、高校生の進路を切り開くヒントが、たくさんあるのではないかと思いました。

自分が気づくこと、自分がわくわくすること、自分が問うこと——「自分が世界をどう見るか」が探究の始まりだとするなら……。
わたしの頭には、ある問いが浮かびました。

同じものを見ても、その景色の中で何かに気づく人と、ただ素通りする人がいる。それは一体、何が違うんだろう?


なぜこの人には、世界がこんなにおもしろく見えるんだろう、という嫉妬

赤土:この問いの根っこには、わたしの個人的な「嫉妬」があります

もともとわたしは、前職で幼児向けの教育サービスに携わっていたのですが、そこで出会ったデザイナーやイラストレーターといったクリエイターたちは、わたしと同じものを、わたしとはまったく違う視点で見ていました。そして、自分なりの解釈を経由して、幼児をわくわくさせる、驚きのクリエイティブに変換していくのです。
また、今の仕事で出会ったプランナーたちの中には、わたしにはとても思いつかないような企画を生み出す人たちがいました。その企画は、わたしでも見たことのあるような、身近で具体的なシーンの中から構想されていたのです。

同じものを見ているはずなのに、わたしとはまったく違うものを見ている。その人にしか気づけないことに、ちゃんと気づいている……。わたしは、そういう、自分らしいユニークな“ものの見方”をする人たちが、大好きです。その“見方”に触れると、「すごい!」と思うと同時に「悔しい!」と思います。なぜこの人には、世界がこんなにおもしろく見えるんだろう? 一体どんな経験をして、どんなふうに考えたら、こんなふうに世界を見るようになるんだろう?と知りたくなるのです。そして、わたしも、わたし自身の些細な「気になる」を探究したくなってくる。

『学問探究BOOK』で101人の教授や研究者たちに、研究の内容だけでなく、その問いが生まれるまでのきっかけを聞いて回ったのは、「なぜ、そんなにおもしろい“ものの見方”をするようになったのか」を知りたかったからです。
実際に聞いてみると、人工知能やロボット、宇宙開発——どれだけ壮大で難しい研究であっても、そのはじまりは、やはり、身近で小さな気づきでした。


自分なりの「!!!」は、正解から解放された場所で生まれる

——「身近なところから、自分なりの気づきを得られる人は何が違うのか」という問いに対して、いま赤土さんはどのような考えをお持ちなのでしょうか。

赤土:「スタディサプリ進路」で学校向けに提供する授業の中のひとつに、世の中にかくれているさまざまな課題を見つけてみる、双方向のワークショップ型授業があります。わたしが講師としてある高校に出向き、この授業をしたときのことです。

この授業では、世の中のさまざまな商品・サービスの写真を見ながら、その裏にどんな課題発見があったのか、自由に推測し、発言してもらうのですが、始まってすぐに「あれ、今日は何かが違う」と感じました
「気づいたことを話し合ってください」というと、すぐに生徒たちが、前後左右で意見交換を始めるのです。手がどんどん挙がり、わたしの想像していない考えが次々と出てきます。
あまりに授業が盛り上がるので、わたしも調子に乗って(笑)、授業を見学してくださっていた先生に「それでは、先生はどう思いますか?」と聞いてみました。
すると、その先生は「みんなの考えは素晴らしい! でも、わたしは物理の教師として、こんな視点で考えてみたんだけど…」と、ご自身のお考えを話してくださいました。
その瞬間、生徒たちが一斉に拍手をしたのです。先生の“ものの見方”があまりにもユニークだったので、生徒たちが「すごい!」と素直に感動を表現した瞬間でした。

わたしはそれを見て、きっとこの高校では、先生と生徒が「教える・教わる」だけの関係ではないのだ、と思いました。先生が、普段から生徒と対等に意見交換する関係を築いていらっしゃり、正解を押しつけることがないから、生徒たちも自分の気づいたことを話すのに躊躇がないのではないかと

ひょっとしたら、自分なりの気づきや“ものの見方”というのは、こういう正解のない空間から生まれてくるものかもしれない、と高校の現場で教えてもらったのです。

自分なりの気づきを起点にユニークな研究をする、研究者たちの物語にも、同様に、自分で気づき、自分で問うことを後押しするような力があるのかもしれません。

わたし自身は「三賢人の学問探究ノート」シリーズの新刊にも登場される渡邊恵太先生(5巻『生活を究める』に登場)のご著書を初めて読み、IoT時代における“体験のデザイン”のあり方のご研究に触れたとき、震えるほど感動したんです。でも、その瞬間は自分が何に感動しているのか、自分でもわかりませんでした。いま思えば「こんなふうに生活や体験を捉え、思考し、アイデアを生み出し続けていいんだ」と思えて、自分の目が外へと開いた瞬間だったのでしょう。「!!!」が自分にもたらす意味は、少し経ってからわかることもあるのです。

自分なりの気づき=「!!!」は探究の始まりであり、同時に、自分らしい“ものの見方”、そして自分らしい道にもつながっていると思います。書籍に登場される先生方のエピソードには、自分の「!!!」に気づくためのヒントが、たくさん収められています。ぜひご覧ください。


取材・文・構成:塚田智恵美

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