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な〜んだ、学問っておもしろいんだ!——101名の研究者から学んだ、101通りの世界の楽しみ方

そもそも学問というと、どんなイメージを抱きますか? 
専門用語が次々と飛び出す、難しいお勉強。ちょっとお堅い世界……。そんなイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。
株式会社リクルートで、高校生向けの教材制作に携わる佐藤南美さんもその一人でした。それがある日、101名もの学者や研究者に取材し、学問のおもしろさを高校生向けに紹介する企画の担当編集者に抜擢されてしまったのです。物理学や哲学、社会学に工学……。多岐にわたる分野の研究者たちへ取材し、原稿を読み込む日々が始まりました。
ところが、制作が進むにつれて、佐藤さんは気づきます。
「な〜んだ、学問っておもしろいんだ!」。

「三賢人の学問探究ノート」シリーズの原点でもある、高校生向け進路教材『学問探究BOOK』(非売品)の担当編集・佐藤南美さんが知った“学問の見方”についてお話を聞きました。

佐藤南美(さとう・みなみ)
2017年に株式会社リクルートマーケティングパートナーズへ中途入社。現在は「スタディサプリ進路」で高校生向けの進路教材の編集を担当。


花はなぜ咲く? 人類がいまだに答えを知らない101の問い

——佐藤さんは『学問探究BOOK』で101名もの学者や研究者の原稿を編集されました。登場する研究は文系・理系問わずさまざまな領域にわたっていて、専門性の高い内容も取り上げられています。普段、記事や書籍の制作に携わる立場として見ると、相当な労力が必要だったのではないかと思うのですが、佐藤さんご自身は、もともと学問というものに興味があったんですか?

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『学問探究BOOK』(非売品)

佐藤:……率直に言うと、全然ありませんでした。わたしはリクルートが2社目なのですが、1社目で企業の新卒採用活動のサポートをする仕事をしていたんですね。なので、わたしにとっての学部や学科って「大学生の属性」としての印象が強くて。それに、わたし自身が東京音楽大学の出身で、奏者に囲まれて育ったこともあり、人文科学・社会科学・自然科学の領域を本格的に研究されている方というと、真面目で、少し“お堅い”印象を持っていました。
正直、最初は「学問をテーマにした教材か…」と企画にピンときてはいなかった(笑)。でも、この教材の読者が高校生なので、高校生目線で、わからないことを「すみません、教えてください」とちゃんと聞くことがわたしの仕事だ、と心に決めて取り組み始めました。やっぱり学者や研究者が語る学問の話って、相当難しいだろうなと思ったので。

——編集する中で、学問に対する印象が変わった瞬間はありましたか?

佐藤:最初に「あれ?」と思ったのは、研究者たちの研究テーマの一覧を見たときです。取り上げる研究テーマを選定するために監修として入ってくださっていた方が、「こんなおもしろい研究者の方に取材してみてはどうか」と、取材先の候補を教えてくださったんですね。そのときに、それぞれの方がどんなテーマを研究しているのか、「問い」の形で一覧化されている資料をいただいたんです。
その一覧が、難しいどころか、とってもおもしろくて。

——ただ問いが並んでいるだけの資料ですよね? おもしろいんですか?

佐藤:おもしろかったんです。「花はなぜ、咲くことができるのか?」といった自然のメカニズムに対する素朴な問いから、「サバからマグロを産ませることができるか?」といった、わたしには考えもつかないようなユニークな問いまで……。もはや文系・理系といった区分けもわからず、どう研究しているのかも想像できない、そんな問いがずらっと並んでいる。ああ、まだ人類はこの問いの答えを知らないんだ、と思うと、単純に「うわ、おもしろい!」と思いました。

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その問いの一覧を眺めているうちに、研究者や学者の姿は、わたしが想像していた“お堅い”イメージとはちょっと違うな、と思い始めました。たとえば、「学問探究ノート」シリーズの最新刊『生活を究める』にもご登場されているトミヤマユキコ先生は、少女マンガを通じて女性の働き方を研究されています。そもそも少女マンガが研究の対象になるということが、わたしには驚きでした。この分野は大事、この分野はくだらないといった判断を下すことなく、ありとあらゆるものに対して「不思議だな」「おもしろいな」と好奇心を抱いていいのだ。そこで生まれた問いに独創性があれば、研究として成立させることもできるんだ、と発見したというか。

本気で問えば「SFの話」も、身近で具体的なタスクになる

——中には「こんなこと、本当に研究できるの?」と思ってしまうような、突飛な問いもありますよね。

佐藤:はい。ただ、取材に行って先生にお話を伺ったり、原稿を読んだりするうちに、壮大で突飛に見えていた問いが、意外と現実的なものに思えてくる瞬間がありました。
たとえば「宇宙エレベーター」を研究されている佐藤実先生のお話を読んだときもそうでした。佐藤先生は、誰もが気軽に宇宙に行ける世界を実現するため、宇宙と地球をエレベーターでつなぐ方法を探究されています。そんなこと、わたしたちが生きている間に実現するわけがない、と思ってしまいますよね。でも佐藤先生は「最大の課題は、10万kmの長さのケーブルをつくる材料がないこと」とおっしゃるんです。逆に言えば、その材料が見つかりさえれば、開発にブレイクスルーが起きるかもしれないということじゃないですか。

どれだけ壮大で突飛なアイデアでも、それを本気で問い、解き明かそうと思って探究していると、小さくて現実的な問題が目の前に現れる。ものすごく遠くにある夢のような願いが、身近で具体的なタスクに変わっていく。そうか、世界ってこうして前進してきたんだな、と思いました。だから、この教材を編集しているうちに、どんな問いも真っ当だなと思うようになりました。

——研究内容だけではなく、研究者がその問いを抱くに至ったきっかけについても取材されたんですよね。

佐藤:そうです。考えてみれば、先生方に個人的な研究のきっかけを伺っていったことで、「学問」というものの捉え方が大きく変わったかもしれません。
というのは、どの先生方もご自身のルーツが、研究のスタートとなる「問い」へとつながっているように見えたからです。それは「昔から植物が好きだったから、植物の研究をした」といった直接的なつながりだけではありません。幼い頃抱いた違和感や、執着していたものが、他の人とは違うものの見方、ものの突き詰め方をもたらし、やがて研究へとつながっていく。その人の人生の軌跡と、その人が世界に抱いた「?」が重なって見えた瞬間、わたしはようやくこの本の意味を理解しました。ここにあるのは101のお勉強のテーマではなく、101人の人生の物語、101個の「知りたい」という強烈な気持ちなのだと
研究者たちの人生の物語に入り込んでいく中で、この教材は高校生に、学部や学科といった属性を獲得しにいくのではなく「自分らしい、素朴な“知りたい”“おもしろい”の気持ちから、進路を選んでもいい」と提案するものなのだと、腑に落ちていきました。

「わたしが執着していたのは何だっけ?」と問われ直す

——佐藤さん自身は、この本を編集する過程でどんな変化がありましたか?

佐藤:多様な問いに触れることで、自分がもともと持っていた生きづらさのようなものから、どんどん解放され、楽になっていくような感覚がありました。人類が答えを知らない問いや、それを解き明かしていくための考え方が、世の中にはこれだけたくさんあるんだと。「周りがなにも疑問に感じないことをおかしいと思うのは、わたしだけかな」「今いる環境になじめないのは、わたしがおかしいのかな」なんて思う必要はないんだなと思いました。

不思議なのですが、研究者の方たちの物語を読みながら、「自分はいったい何に執着していたんだっけ?」と自分が問われている感覚がしたんです。人から見たらどんな意味があるかはわからないけれど、わたしにとっては特別な何かを思い出したような。自分の興味関心に素直な研究者たちに触発され、世間的な価値や意味に迎合していくよりも、自分ならではの問いを究めたほうがよっぽどいい、と思えたのかもしれません。

——今、佐藤さんは学問に対してどんなおもしろさを感じていますか。

佐藤:学者や研究者の方々に取材するとき、わたしがよく聞いてしまう質問があって。たとえばアートや美術について研究している先生には「アートってどうやって見たらいいんですか?」と聞く——つまり、先生方がどのようにその研究対象を見ているのかを聞くようにしているんです。魚の研究をされている先生に「魚ってどうやって見たらいいですか?」と聞いたら「背びれの形を見るとおもしろいよ」なんて、想定外の答えが返ってくることも。そんなふうにアートや魚を見たことがなかった!と思って、実際に先生に教えていただいた視点で見てみると、新しい発見がある。学問は難しいと考えがちですが、先生方がおっしゃる「見方」はどれも、わたしでも日常的に実践できるようなことばかりなんですよ

何かを究めている人だからこそ知っている「世界の楽しみ方」がある。多種多様な「世界の楽しみ方」に触れることで、自分も、自分らしく世界をながめてみたいという気持ちが湧き上がってくるのかもしれません。
「一体この人には、世界がどんなふうに輝いて見えているんだろう?」という目線で研究者の方々のお話を読んでみると、新たな発見があるんじゃないかと思います。


取材・文・構成:塚田智恵美


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