近道は書き続けること
継続に勝るものはなし
後輩に聞かれることがある。どうしたら効率的に、クライアントに刺さる文章が書けますか?
分からない。だって、クライアントごとに要望も、ジャンルも違うからだ。
一概に、これが正解とは言えないが、ただ一つ言えるのは書き続けること。勉強でもそうだけれども大人になってからも学びは続いていく。ゴールなんてないのだ。
最近はありがたいことに、やりたかった動画の案件をたくさんいただけている。イベントの企画案や、プロジェクトのブランディングのお話もいただいている。
仕事に困ることはない。考えることが多くて、妻や我が子に怒られるほど、休みの日も漠然と考えている。
ただ、ライターが本業だけに、書くという大枠では毎日書き続けているが、動画案の企画書・エコンテ、提案書作成とインタビュー記事やコラムは、また別物なのだ。
書いていることに変わりはないが、エコンテや提案書ばかり書いていると、書く本質の部分が薄まってきてしまうように感じる。時間をかけて経験も、テクニックも、実績も積み重ねてきたので衰えることはない。
感覚としては、ついた筋肉が萎んでいくような感じ。書くという”筋トレ”をしないと、いくら経験値があっても、見た目には変わらないように見えても、文章全体が細くなり、説得力や、気持ちがこもっていないような感覚を抱いてしまう。
エコンテも提案書も、より磨きをかけるために試行錯誤しているが、そうしていると本質の部分が薄れる。なるべくならば、数百字でもいいから毎日文章を綴るようにしたい。
ライターとして飯が食えるようになった頃が、血気盛んで自分の年齢よりも上に見せるために難しい言葉、表現を使っていたので、それなりにカッコよくかけていたと思うが、今の方が平易な言葉でより伝わるようにしているのでよりカッコよくなっている。一方で、語彙力が細っているようにも感じるので、日常では敢えて難しい表現を使うなど工夫が必要だ。
以前は知らない言葉に出会うと、無理矢理その言葉を使って文章を組み立てるトレーニングをしたものだ。同じようなトレーニングが必要かもしれないし、その筋肉はついたので他の方法で鍛えることが求められているのかもしれない。
時間がある時に、足りないと感じているところを補ってく行く、その気持ちと努力は、いつまでも続けていきたいと思う。だって、この命が燃え尽きるまで書き続けたいから。
好きは強い。
新入社員研修で毎年、伝えている言葉だ。新入社員に好きなモノを挙げてもらい、プレゼンしてもらう。挨拶がままならなかったり、自分の発言に自信が持てなかった子が、自分の好きなモノを伝える時には表情を輝かせ、時間を忘れて思いを伝えてくれる。
ボクの場合、書くことが好きで好きでたまらない。だから、こうして20年以上も文章を書くことを続け、それが生きる糧になっている。仕事でも書いて、家でも書く。変人と思われることもあるが、それくらい好きだという証でもある。
好きは、続けられる。だから、書くことに苦手意識があるならば、まずは好きになることを薦めたい。ボクの言葉を聞いて、実行に移すか、何もせずに右から左に仕事を受け流していくかは、受け取り手に委ねるしかないが。
とにかく、上手くなりたい、伝わるようにしたいと思ったら、やり続けるしかないのだ。それに尽きるはず。
おもいのままに。続けます。今日も呼吸ができた。ありがとう!
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