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「夢幻回航」12回 酎ハイ呑兵衛

「夢幻回航」 12 酎ハイ呑兵衛

如月姉弟が車を走らせていると、ビルが立ち並ぶ影から、何かが飛び出してきて、結構大きな音をたてて車に打つかった。
淳也は車を止めて、確認のために外へ出てみた。
まだ、周りに人が多く、車も数が多かった。
宵の口。
というか、まだ時間は21時位だった。

順子は窓から顔を出して、確認する。
「淳也、どうしたの」

如月淳也は車の周りを見回したが、何も打つかった形跡はなかった。
後ろから来たトラックが、邪魔になるとクラクションを鳴らしたので、淳也は急いでシートに戻り、車を移動させた。

なんだか嫌な予感がしてならない。
今のは、ただに衝撃ではなかった。
霊的なもの?
順子の方の、今の衝撃に違和感があったらしく、印を結んで何かを唱え始めた。
防御の方は、姉がやってくれるから、淳也は安心して運転に専念できた。

暫く車を走らせていると、郊外に出た。
仕掛け時はここだな!
淳也も順子も身構えると、やはり敵は仕掛けてきた。

左側方から白く輝く光が4条奔る!
順子がそちらに意識を飛ばして、イメージの防壁を張る。
如月淳也はただ真っ直ぐに、ハンドル操作を謝らないように気をつけながら走行する。

光が車にあたった瞬間、物理的な衝撃とは違う、独特な衝撃波と、バラスの割れる時の音が響いた。
凄まじい轟音がした。
耳をふさぎたい衝動を押さえながら、如月淳也と如月順子は必死で絶えた。

また同じ方向から、今度は2倍の光の筋が飛んできた。
一点集中攻撃!
淳也は直感して、攻撃を避けようと、車を加速させた。
いくら姉が防壁を展開しているとはいえ、連続して攻撃を受けたのでは、防壁が持たない。
先程の一撃は、そう思わせる力があった。

あと6キロも走れば、彼らの家に着いてしまう。
そうなれば、有利に戦闘できるが、周りの民家を巻き込むことになる。
如月淳也と如月順子は、それだけは避けたいと思っていた。

どこか開けた空き地でもなかったか?
淳也は必死で頭の中を検索する。

と、目の前にイベントホールの、かなり広い駐車場が目に飛び込んできた。
仕方ない!ここで決めるか。
幸いにして、ホールの駐車場まで、車はなく、人通りもなかった。
薄暗い街灯だったが、淳也の目にはそれで充分だった。

「順子、行くよ」
淳也は姉を、姉さんとは呼んだことがない。
順子も淳也を弟と呼ばなかった。
2人はいつも名前で呼び合っているものだから、よく、夫婦か恋人に間違われたものだが、今回の淳也のセリフも、どこか場違いな響きである。

「いいよ」
受ける姉。

駐車場に乗り入れる時に、スピードが出ていたために、車の腹をこすってしまった。
「チッ」
淳也は舌打ちをし、自分のドジを呪うだけの余裕は、今はまだあった。

駐車場には何台か車が止まっていたが、淳也はお構いなしに自慢のドラテクを披露して、攻撃に転じた。
攻撃担当はもちろん姉。

次の光を、淳也がドリフトで躱すと、姉が車の窓を開けて、光の飛んできた方角に自分の札を放った。
淳也は上手く駐車している車の間を縫って、車を走らせた。
不思議なことに、淳也が車を疾走させても、誰1人外の様子を確認するために顔を出す者も居なかった。
おそらく誰かが結界でも張ったのだろう。
しかしこれだけ大きな結界を張るってのは、相当な潤部ガイルだろうに。
淳也はそう思いつつも、今は攻撃を避けて、姉が少しでも有利に攻撃できる位置取りを探し回った。

「淳也、そこの広いところで90度右にターンさせて!」
順子の声が飛ぶ。
「OK!」
淳也は軽く加速させて、急ハンドルを切って見せた。
順子は車の天井に腕を伸ばして身体を固定させている。
タイミングを計って、先に取り出していた札を、半分の6枚ほど、中に放った。

順子の札は、沙都子のとは少し違って、自立して敵をサーチしながら追いかけるように出来ているのだ。
札は弧を描き、それぞれの的に狙いをつけて、散っていった。
札が散った先は3カ所。
少なくとも3人の敵が居るという事になる。

札は2枚ずつ一組になって軌道を描いた。
敵が最大何人かなどと言う事は、順子は考えないようにした。
見えない敵にすくんでしまっては、勝てる戦いも勝てなくなってしまう。
如月淳也は違っていた。
淳也は、札の散っていった方角を確かめながら、敵の位置や人数を、おおよそ予測してみた。
その予測によって、車の動きを計算して見せた。

順子は彼のそうした戦略眼を褒めて、「あなたが弟で無かったら、抱きついてディープキスでもしてやるわ!」などと言い始めた。
「遠慮しとく、キモいし」
淳也はさりげなく嫌な顔をして、姉のジョークを躱しつつ、敵からの攻撃も、見事に躱して行った。

「そんなだから、彼女いないんだよ~」
順子は札をもう一閃放ちながらも、まだ淳也に絡んでくる。
「自分の姉とディープキスするくらいなら、アザラシにキスしてもらった方が、いくらかマシだろうさ」
淳也も負けていない。
姉が放った札が、全て敵にヒットした確信を得てから、車をまた駐車場から路上へと出した。

まだ敵が追ってくる気配があった。
手傷は負わせたはずだが、それでも気配だけは迫ってきていた。
暫く出鱈目に車を走らせて様子を見たが、やはりまだ数人の気配がした。
3回、光が攻撃してきた。
全て躱しきったところで、急に空気が変わって、人気も多くなってきた。
結界が切れたのだとわかって、二人はやっと安堵の溜息を漏らした。
結界の外では術は使わないのがルールであるから、敵もルールに縛られているのならば。攻撃はないはずである。

あの札は、一撃必中の札で、当たれば暫く動けなくなるくらいの衝撃があるはずなのに、何故敵は追撃できた?
順子は自分に落ち度はなかったかと、自分なりに確認してみた。
人数が目算よりも多かったのだろうか。
それとも、敵の耐性が高く、札による攻撃では効果が無かったのか?
様々な要因があるが、どれも想像の域を出なかった。
順子は思考を打ち切り、コンビニで購入した、ストローを差し込むタイプのコーヒーを、チュウチュウと音を立てて吸い始めた。

淳也はその様子を見て、姉が相当にいらだっているのを感じた。
彼女の攻撃が、ここまで無力だったのを、淳也は今まで見たことがなかった。
淳也は、このまま協会に寄らずに家に帰ろうと、姉に提言したが、順子は黙って窓の外を眺めて、ストローを吸い続けた。

それにしても、敵の正体くらいは確認したかったな。
この感触だと、里神翔子では無いだろうという事は、淳也にも順子にもわかっていた。
強い敵が何組も居るのではないかという、世機の予感は的中していたわけだが、順子にとっては今回のは、少々屈辱的だった。

順子の実力は、沙都子よりはほんの少し上と言った所だが、それでも、術師の中ではかなりの手練れだった。
淳也にしてもそうである。
手練れであることには、まわりの者は異を唱える者は居ないだろう。
そう言った者達である。
それが、退治でき損ねたのである。
今回の敵は、本当に難敵なのかも知れない。

淳也はしばらく適当に車を走らせて、やっと自宅に戻る気になった。
車をしばらく乗り回して、回り道をしたのは、敵の尾行が気になったのと、このまま帰っては、順子が考え事に集中していたので、邪魔したくなかったのである。
彼女は行動派でいて、実は知性派の一面も持つ。
活発な性格なので、緻密さを持つという一面はなかなか他人には評されないが、いつも近くに居るだけあって、淳也はよく彼女を理解していた。
言動は、少々ガサツではあるが、よく気のつく一面を持つ。
まあ、ガサツさが目立つので、見た目はそんなに悪くないと言う者もいるが、恋人らしき影すらもなかった。

そういった見えない面も知っているから、もし自分が弟でなかったとしても、順子には言い寄ることもないだろうけれど。
弟の感想などは知らぬ様子で、順子はじっと窓の外を眺めていた。
1時間ほどそうして走ってあげたが、頃合いだと、淳也は車を自宅に向けた。
何事もなく、30分ほどで自宅に着いた。

如月淳也と如月順子も、沙都子や世機と同じ様に、協会の寮とでも言うべき、系列の経営するマンションに住んでいた。
建物の建築様式や、方位に関する考え方なども、連盟のマンションと似たところがある。
霊的な防御などを考えた設計になっている。
呪詛を防ぎ、悪霊や悪鬼の侵入も容易ではない、そのような術を施しつつも、建物としての外観の違和感がなくなるように設計されている。

故に、少しだけだが、機能的に使いづらく感じてしまう部分もあった。
それは、慣れだけで克服できる程度のものだった。
如月姉弟は独立して仕事を受けるようになってからずっとこのマンションに住んでいる。
他に引っ越そうと思わないのは、霊的、呪的な防御仕様の建物など一般には存在しないからだ。
このような仕事をしていれば、休める場所を作るのは大変なのだ。
呪的な守りという他にも、他の術師も住んでいるから、困ったときには協力体制が取れる。
実はこれが、一番大きな利点なのだ。
管理費などを含めた家賃は決して安くはないが、それでもここに住み続ける最大の利点なのだ。

呑気なものだが、マンション敷地脇で、畑を耕作している呪術師が居て、彼は作業中だった。
この、呪術協会の持ち物も、意外に規律はゆるくて、敷地の空いているスペースを、申請さえ出せば、この様に使いこともできる。
野菜づくりなど、呑気なものだと言われそうだが、呪術的には非常に重要なのだ。
呪術もやはり、体力や気力の弱っているときには効果が出やすい。
つまり、気力体力を充実させておけば、防御力もアップするというわけである。
だから、若い呪術師の中にも、畑を営むものが多い。
それと、畑を作るもう一つの利点は、食費のことを減らす効果も期待できる。
心身と経済的に利がある。

意外に思われるかも知れないが、実はこの如月姉弟や、沙都子や世機も、作物を栽培している。
もっとも、本格的な畑というわけではなく、少量の野菜ではあった。
さらに術者は呪い返しの意味もあって、植物を身近に置いておく。
それと、動物を魔除けの一部として飼っておく者もいる。
故に、マンションはペットOKなのである。
ペット好きの術者は、絶対に別の所へ移りたくなくなるのだ。

如月姉弟は、姉の順子が、動物を飼育するのがヘタで、世話が面倒といい、動物を飼っても結局淳也が世話をする事になってしまうから、動物は飼わないことに決めている。
弟の淳也は、動物を飼いたいとは思っていなかったので、姉をあきらめさせるのに苦労したのだ。

如月順子は、仲間の術師がペットのハスキー犬を連れて歩いているのを見て、笑顔を作って近寄っていった。
動物を見ると、疲れが吹っ飛ぶとか、クサクサした気持ちが癒やされるとか言っていたな。
淳也はそんなことを思い出した。
また飼うと言い出さなければ良いのだけれど……。
順子は立ち話も早々に、早速大きなハスキーに抱きついて、撫で始めた。
「よーしよしよし」
ハグして撫で回している。
そういうことを男にでもやれば、その性格でももらってくれる人が居るだろうにと、淳也などはそう思ってしまう。
それは反対に、順子の方も、思っていることだった。
淳也がもうちょっと、愛想が良くて、自分から離れてくれれば、いっその事嫁でももらってくれれば、自分も安心して結婚でも何でも出来る。
そう思っていた。

順子はしばらくハスキー犬を愛撫してから、飼い主にお礼を言って、挨拶をしてから、身体を離した。
「気は済んだ?」
淳也。
「気なんて済まないよ~」
これで、可愛らしく言っているつもりなのだから、淳也はなんだか呆れてしまった。
しかし、姉を可愛いと思ってしまう。
プッと吹き出す。

「行くぞ?」
淳也の声に、順子は口をとがらせて、小声で何事か呟いた。
淳也は無視して先に歩みを進めた。
順子も仕方なく、それに従う。
「絶対に、ハスキーにする!」
順子は決意を呟く。
もちろん淳也に聞こえるようにだが。
当の淳也は、やはりそう来たかと溜息をついたが、なにも反応せずに、無視して、建物の中へ入っていった。

「絶対にハスキーにする!」
順子は再度、音声のレベルを上げて言葉を連ねた。
子供かよ……。
淳也はおかしくて笑い出しそうになるのを、必死でこらえていた。

それにしても今回の敵は何か違うな。
いつもの仕事と、何か違う。
連盟との協力の件だってそうだ。
いつもならば、協会だけで解決しようとする。
何か、事件の裏側に潜む別のものがあるのだろうか?
そう考えると、なんだかしっくりくるような気がする。
その、裏に潜むものとは?
淳也には、それが何なのか、まだ想像も出来なかった。
順子は嫌うだろうが、相談してみるかな。

順子は時代が違ったら、一軍の将にでも成れるほどに、豪胆な一面を示すことがある。
男の淳也でさえも舌を巻く、そう言った性格を持っている。
強情な一面もある。
淳也は意識してはいないだろうが、彼は姉のような女性に惹かれるようである。
だから、姉との関係は、居心地の良いものなのだ。
なにも知らない者が二人を見たときに、二人の関係が恋人のように見えたり、感じたりするのは、二人の相性が、ひじょうに良いためである。
故に、離れたくても離れられなくなってしまい、淳也も順子も、そういった関係をなんとかしたくてしょうがなかった。
だから、順子は淳也からの相談などは、かなり嫌がった。

淳也もわかっていたが、仕事だから仕方がない。
ほんの少しの邂逅だったが、神憑世機はどう考えて、どうやって切り抜けて行くだろう。
世機の顔が思い浮かび、淳也は自分が弱気になっているのでは無いかと、少々不安になった。
淳也と順子は3階の自分の部屋に辿り着くと、ドアのロックを解除して、中へ入った。

中は整然としていた。
と言うか、殆ど物が無かった。
生活感が薄い部屋だった。
わざとそうしたわけでは無い。
この二人には物欲があまりなかった。
姉の順子は洋服や、女性の喜びそうな小物などには一切興味が無く、全力で、動物だけを愛していた。
如月淳也の方は、それにもまして金銭感覚が発達して、無駄な物は一切購入しなかった。
驚くことに、家計簿などは、淳也がつけていた。
ただ1つだけ、淳也には趣味があった。
それが車である。
淳也の車は改造がされていた。
淳也が何年もかけて中古車を改造し、登録申請を出し、自分で作り上げた車だった。
車の改造と、ドライブやレース参加などが、唯一の散財方法だった。

淳也の車は、呪術的にも、猶の車以上に素晴らしい防御策が張り巡らされていた。
その気になれば、AIでの自動走行よりも安全な、使い魔を使った自動運転なども出来るように、自分の使い魔を仕込んであった。
ただ、運転が大好きな彼は、戦闘時以外は、この使い魔を使ったことはない。

淳也はこの事件の裏には何かが潜んでいるのではないかという、自分の意見を、姉に披露して、反応を確かめてみた。
「裏に、確かに今回は、いつもと何もかもが違う。里神の組織も暗躍してはいるけれど、それだけだったら、連盟との協力なんてあったかしら」
嫌うかと思ったが、至極真面な反応に、淳也は驚きを隠せなかった。
「だとしたら、どんなヤツかな。里神の組織に命令、もしくは依頼したヤツって事でしょう?」
淳也は頷く。
「里神の今居る組織って、実はそんなに大きくないのよ」
順子は語りはじめる。
「協会と連盟が協力しなければいけない相手……、外国の術師の組織?考えられるね」
淳也はその考えまでは到らなかった。
てっきり里神と同じテロリストかと思っていたが、その方が、連盟との協力の協力というのは納得がいく。
順子に聞いて正解だったな。
淳也は姉の意見に耳を貸す気になった。


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