教室に入ることができなかった小学校の時のまる。

こんばんは!
いいね嬉しいです、ありがとうございます!


今日はまるの小学生時代の話を書いていこうと思います。

小学生の時は特に特性が顕著で、教室にまったく入れない日もありました。
今となってわかっている原因は主に3つです。

●登校するまでで体力を使い切ってしまう


・朝起きられない
まるは超ロングスリーパーであるにも拘らず眠りが浅く、朝うまく起きれなかった記憶があります。朝は特段機嫌が悪いため母も大変だったとよく聞きます。また朝は必ず飲む飲み物があり、それが切れていた時にはパニックで学校に向かうことができませんでした。

・お母さんと離れる不安
自閉症の子供は頭の中が言葉にできない不安で覆いつくされています。そのためいつでも守ってくれるようなあたたかな存在を求めているのです。四六時中一緒であったお母さんと何時間も離れるのは、急に暗い牢獄に人を食すオオカミと一緒に入れられたような感覚と同じであり、ものすごい不安が押し寄せてきます。そのためなかなか登校ができませんでした。

・毎日机の位置が変わる事への不信感
いざ教室に向かうと、前日の掃除などで机の位置が変わっているときがありました。それを見るといつもと違う空間に感じ、すごく不安になってしまい教室に入ることができない時がありました。


●刺激の強さから教室で過ごせない



・教室の埃や各家庭のにおいで苦しくなる
発達障害児によくみられる感覚過敏が小学生の時は特に強く、チョークの粉や掃除の後なんかは息をするのも苦しくなることもありました。まるは感覚過敏の中でも特に嗅覚が突出しており、家庭の独特の香りで気分が悪くなったり、パニックを起こすこともありました。

・匂いや食感が苦手で給食が食べられない
偏食はそこまで強くなかったですが、特定の触感のものが食べられないということはありました。また隣の席から漂う牛乳のにおいでご飯が食べれないことなど、嗅覚の問題でしんどいことが多くありました。
また時間配分がわからないため給食の時間がいつのまにか終わっていて、結局小学校6年間給食を食べきることができませんでした。

・集団指導が耳にはいらない
おそらく聴覚過敏でしょうが、先生の指示が通っていないことが多くあったそうです。隣に特別支援の先生が付くようになってからは改善されましたが、いまだに集団での指導を聞くのは体力を消費します。


●急な変更が辛い


・急な授業の変更に不安になる
今となっては理解できますが、研究授業で教室が変わったり時間割が変更になることがありましたが、教室の変更が苦手で休み時間に移動できないことがありました。
後から支援学級の先生が指導に入ることとなりましたが、当初は不安になることも多かったです。

・席替えが苦痛
他の生徒が楽しみにしている席替え。まるにとってはストレスの一因でした。席替えした日は受け入れられとしても、次の日になると前日の朝との違いに不安が襲ってきます。席替えは発達障害児にとってはなかなかきついことだと思っています。



このように、あまり集団には溶け込めなかった記憶があります。
しかし毎日が苦痛だったわけではなく、もちろん楽しかったこともたくさんありました!
それに私は友人や先生に恵まれており、数々のサポートをしてもらった記憶があります。

発達障害児にとって一日の大半を集団で生活することはかなりの負担です。
だいぶ改善はされた気はしますが!正直今でもあまり集団行動は得意ではありません。
しかし少しでも教室にいられるように、いろんな対策を練ってくださった先生方には感謝ですね!


小学校から受けた支援は、また後日記事をアップしたいと思います(^▽^)


今日はここまでにします!次回は中学校編です!

まる。



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