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相づちをめぐる日本とフィンランドの感覚の違い

●日本人は相づちが多い?

 カウンセリングのとき、我々は相づちを打ちますが、フィンランド発のオープンダイアローグ(OD)を勉強するようになって、フィンランドの人はあまり相づちを打たないのかも、と感じたことがあります。実際に彼らのやり取りを見たのはほんの数回なので確かなことは言えないですが、あちらでODを勉強してきた日本人が書いた本ややり取りの記録などを見ていると、やはり対話の様子がどうも“静か”なのです。そんな風に思っていたところ、6月初めにこんな記事を目にしました。
 
▼「正直、ジャマされてる気持ちになる」
 相づちを巡る日本とフィンランドの感覚の違いが話題に

元はこちらのコラム、漫画のようです。
▼日本人の「相づち」にフィンランド人からの意外すぎる反応が
……第14話 思いやりの示し方

 記事によると、ある時、フィンランド人の友人と電話していてなにげなく相づちを打っていると「相づち多すぎじゃない?」「話している途中で声がすると、何か話したいのかと思って待っちゃう」「正直、相づちの度にジャマされてる気持ちになる」と指摘されたとのこと。
 
 やはりそうだったのか。国や民族、文化によって相づちのうち方も違うのか。確かに日本人同士のやり取りでは相づちが多い傾向にあるように思えます。記事にも、日本人同士の会話で相づちが少ないと「聞いてる?」とか「もしもし?」と確認されること多い、といった話が出ています。一方で、やはり個人差の面があるような気もします。

●米沢はどうしているか

 ちなみに米沢の場合、電話やオンラインカウンセリングの場合は対面よりも相づちを増やすことが多いです。表情が見えないので、こちらがちゃんと聴いているということを伝える意味がありますし、オンラインの場合は通信が途切れることもありますので。オンラインの場合はジェスチャーも増やします。対面でも、今はまだマスクをしたまま会話することが多いので、リアクションを大きめにすることもあります。
 ただODを学んでから、相づちをうつ回数が減ったかもしれません。正確には、相づちの回数やうち方のバリエーションを増やしたというか。
 あと、ODの場合は2人以上で話を聴きますが、自分がファシリテーターではない時には少なくとも声は出しません。話を聴きながら軽くうなずいていることはあります。

●相づちが少ないと誤解を招くこともある

 でもこれが誤解を招くこともあるようです。以前、OD形式でのスーパービジョンを対面で行った時のことです。1人のスーパーバイジーに対し2人のスーパーバイザーでスーパービジョンに臨みました。図に示したような構図で面談しました。

 この時、米沢はSVer2の役割を担いました。セッションの最後にお互いの体験をシェアしたところ、米沢が難しそうな顔をして聞いていたので、話がわかりにくいのかな?伝わってないのかな?と不安になったというのです。難しいケースの相談だったので、浮かんでくるアイデアを探りながら話を聴くことに徹していたのですが、米沢の反応を見ていて話がうまく伝わっていないかも、と不安になったわけですね。日本でODを行う場合は、ファシリテーターの立場でなくても相づちやうなずきを積極的に示していった方がいいのか。それともあくまでも個人差であって個々に対応すればいい問題なのか、何とも言えないのですが、こういうことも起こる可能性があることを考えておかねばなりません。リフレクティングの際に適宜修正できていくといいですね。

●積極的傾聴

 カウンセリングの大御所、カール・ロジャーズは「積極的傾聴(アクティブ・リスニング」を提唱しました。アクティブと聞くと、「うん、うん、うん」と積極的に相づちをうつことだと勘違いしてしまう人もいるかもしれません。確かにロジャーズのカウンセリングの録音を聴くと、「Mmm hmm」といった相づちをけっこう挟んでいます。
 
▼CARL ROGERS AND GLORIA COUNSELLING PT 2

 ロジャーズの話を持ち出すとまた話が大きくなってしまいますが、相づちのうち方一つとってもコミュニケーションが変わってくる可能性があることを、我々のような仕事をしている人間は自覚的である必要があるでしょう。最近はカウンセリングの講義の際に、相づちをうちすぎると相手の話を邪魔してしまうことがある、ということを伝えるようにしています。
 
 ODを学ぶ中で、改めて「聴き方」について復習することになりました。聴き方は、我々のような対人援助職にとって最も基本となるスキルであり、そして一生学び続けねばならない課題であるように思います。

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