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不確実性への耐性:2022年度第5回研究会(2022.12.15)の報告

■2022年度第5回研究会開催

 大変遅くなりましたが2022年度第5回の研究会の報告です。Zoomで実施。参加者は7名。
 今回は副所長の春日が9月にタンザニアに3週間滞在した経験から、オープンダイアローグで重要な概念の一つとされる「不確実性への耐性(免疫)」について語り合いました。

●タンザニアはどこ?

 タンザニアはアフリカ東部、インド洋に面した国で、ケニア、コンゴ、ザンビア、モザンビークなどに囲まれています。面積は日本の2.5倍。人口は5632万人。

 用いられている言語はスワヒリ語、英語です。有名なキリマンジャロ山がケニアとの境にあります。年間を通して安全な水を利用できる世帯は約14%だそうです。
 
 春日が訪れたエコビレッジは、インド洋に面したサダーニ国立公園の北側にあります。次の地図のダル・エス・サラームの文字の「ダル」のちょっと上あたり。

●エコビレッジでの生活

 今回はいろんな国にエコビレッジを立ち上げている知り合いを訪ねたのだそうです。この時には移住した母子と、大学生4名、経営者、家族で来て一人残った9歳の女の子がいたとのこと。

 藁葺き屋根のハウス。青空が見えるトイレ。 

 文字通り自給自足の生活。水は川から汲み、雨水をためる。電気は太陽光発電。

 食べ物はその日に食べるものを採りに行く。あるいは野菜を作る。

 燃料は薪で、火を起こして、食事を作ります。

 近所の人たちも同じような生活をしています。日本での、快適な、必要なものは何でも揃う生活に比べたら、とんでもなく不便です。

●お互いの命をリスペクトする

 この状況を春日は以下のように述べています。
 水がない、食べ物がない、燃料がない、車がない、電波が入らない、動物がやってくる、などさまざまな不便、そして不確実さ。それでも、みんな幸せなのだそうです。そういう状況にあると、さまざまな能力・道具がある人と自然と助け合う。今あるものを最大限に活かそうとするのです。自然の中で、他の動物とともに生きているので、人間という生き物としての力と限界のようなものを理解しているように感じたそうです。お金とか、肩書とか、そういう見えないものではなく、ただ自然の一部として生きることで、お互いの命をリスペクトしているように見えたとのことです。

●マズローの欲求5段階説

 ここで春日はマズローの欲求5段階説を思い出しました。人間の欲求は5段階のピラミッドのように構成されていて、ピラミッドの下から「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求(所属と愛の欲求)」「承認欲求」「自己実現の欲求」となっていると考えます。低次の欲求が満たされるごとにもう1つ上の欲求をもつようになり、4番目の承認欲求まで満たされると欠乏欲求が解消され、自己実現の欲求という成長欲求が現れるというのです。
 とすると、生理的欲求と安全の欲求が十分には満たされないエコビレッジでの不確実な生活をしていると我々は成長できないのでしょうか?もちろん、エコビレッジのような生活は嫌だよ、という人もたくさんいるでしょう。世界には何億人もの飢餓に瀕している人がいるわけで、生理的欲求や安全の欲求は満たされなくていいと言っているわけでもありません。しかし何でも揃って快適に生活している(ように思っている)私たちは、自分のまわりの世の中は確実なものだと勘違いしていないか。それがかえって私たちの成長を阻害していないだろうか。

●ネガティブ・ケイパビリティ − 答えの出ない事態に耐える力

 ネガティブ・ケイパビリティ(Negative capability)という言葉があります。19世紀英国ロマン主義の詩人ジョン・キーツが、不確実なものや未解決のものを受容する能力を記述した言葉だそうですが、日本語の定訳はまだありません。帚木蓬生氏の「ネガティブ・ケイパビリティ」という書籍には、「答えの出ない事態に耐える力」という副題が付いています。これはオープンダイアローグの7原則の6番目に出てくる「不確実性に耐える」(Tolerance of uncertainty)と同じことを指していると言っていいでしょう。
 精神分析家のビオンは、「ネガティブ・ケイパビリティのないところに、共感は育たない」と言っているそうです。わからないからこそ聴く。耳を傾ける。わかったことをつなげていくと自分と重なる部分や違う部分が見えてくる。両方を含め、「そうなのか」とわかってくる。それが「共感」と言いたいのかもしれません。短文の衝突で対立するSNSの世界とは真逆のような気がします。
 
 このような報告を受け、参加者一人ひとりが自分にとっての不確実な状況は何だろうかと考えました。みなさんそれぞれの思いが語られましたが、こう尋ねられて思い浮かんだのは、この3年間のコロナ禍でした。まったく未知の病原体にどう立ち向かうのか。最新の情報の把握を心がけ、早合点はしないということを特に注意して情報を整理、発信してきました。そこにあったのは、不安や不自由さに屈して安易な結論に飛びつかない、という思いでした。不確実性への耐性を鍛えられた3年間だったと改めて感じた次第です。

リンク

1)https://studyhacker.net/maslow-hierarchy
2)https://life.saisoncard.co.jp/health/longevity/post/tokushu20/
3)https://www.opendialogue.jp/対話実践のガイドライン/


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