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東京都中野区で講演:メンタル休職から上手に職場復帰する

 2023年10月、東京都中野区で復職支援の講演を行ってきました。
 
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講演名:令和5年 中野区 精神保健福祉講座
    働く人のこころの健康 ~ メンタル休職から上手に職場復帰する
日 時:2023年10月31日(日)18:00-19:30
会 場:中野区産業振興センター
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 中野区の保健所とはお付き合いが長く、私がアルコール臨床に移った1994年から2016年まで、保健所の酒害相談を担当し、また職員研修などのお手伝いもしてきました。今回は区民を対象に、リワークを担当する医師の立場から職場復帰のコツをお話ししました。
 関連した話題は2023年4月のnoteにも書いておりますので、よろしければご覧ください。


1. 回復の過程に合わせた必要な対応

 メンタル休職から復職への過程を初期、中期、後期に分けて考えます。
 
 ・初期  安静・休養・養生
 ・中期  身体のリハビリ
 ・後期  脳のリハビリ
 
○初期  安静・休養・養生
 およそどんな病気でも、病初期は安静・休養が必要です。身体や心を保護することで私たちの自然治癒力の発露を促します。この時期にしっかりと休めた人は回復が早いのですが、復帰を焦ったり、仕事から離れられなかったりすると、脳が休まらず、なかなか良くなりません。一度「すべてを捨てた」つもりになり、大草原で大の字になってひっくり返って、「好きにして!」と開き直れると回復が早いのです。寝たいだけ寝てくださいとも伝えます。夜も昼も寝られるのなら、身体がそれだけ休息を欲しているのです。私たちは寝ている間しか心身の修復ができません。身体の声に耳を傾けましょう。
 
○中期  身体のリハビリ
 少し意欲が回復してきたら身体のリハビリを始めます。ある程度規則正しい生活を送り、徐々に体を動かすなど負荷を上げていきます。活動の目安は、「翌日に疲れを残さない程度」です。この時期にダラダラと過ごすとなかなか良くなりません。生活記録表などをつけて、セルフ・モニタリングを心がけます。
 
○後期  脳のリハビリ
 毎日外出しても大丈夫なくらいに元気になったら脳のリハビリに取りかかります。この時期に役に立つのがリワーク(re-work)です。職場復帰に向けた体系的なプログラムが用意されています。リワークは医療機関のデイケアや集団療法で行う「医療リワーク」、都道府県の障害者職業センターが行う「職リハリワーク」、そしてEAPやNPOが行うリワークなどがあります。

2.リワーク・プログラム

 リワークはその施設の方針と利用者との相談で、短いところで1ヶ月、長いところは1年くらい通います。頻度は週2回から6回です。プログラムは半日コース、1日コース、そして残業を想定した夜間のコースまで持っている施設もあります。その内容は、以下のようになっています。

 ・健康的な生活習慣を取り戻す
 ・正しい知識(疾病、薬など)
 ・認知行動療法
 ・コミュニケーション法
 ・リラクセーション法
 ・ストレスへの対処法
 ・病気の振り返り作業
 ・作業訓練
 ・プレゼンテーション技能
 ・複数での共同作業

3.職業性ストレスモデルによる課題の解決

○職業性ストレスモデルとは
 今回の講演では「職業性ストレスモデル」を使った「病気の振り返り作業」について、モデル事例を使いながら具体的な方法を紹介しました。職業性ストレスモデルとはアメリカの国立労働安全衛生研究所(NIOSH)が1980年代に提唱したものです(図1)

<図1>

 基本は左の「仕事のストレス要因」があって、右側の「ストレス反応」が出る、というものですが、ストレスには家庭の悩みや借金問題など仕事以外の要因もあって我々に影響を及ぼします。また同じ仕事でも1年目の新人と30年目のベテランではストレスが違います。個人の要因もあるわけです。さらに大変な仕事でも周囲が手伝ってくれたり助言してくれればストレスも下がるなど、緩衝要因(サポーター)も重要です。自分が休むことになってしまった要因について、この4つに分けて分析し、この図に書き込んでいって、最終的にご自分だけの「ストレスマップ」というものを作ります。そのマップを眺めながら対策を考えていくのが病気の振り返り作業なのです。この方法は2019年に産業精神保健学会で報告しました(資料1)。
 
○「落とし穴」に落ちない対策を考える
 しっかりと休養を取り、身体と心のリハビリを行っていけば、ほとんどの人は職場には復帰できるでしょう。しかし振り返り作業が不十分だと、自分に降りかかってくるストレスが認識できず、対策も打てないので、再び体調を崩し休職に至ることも少なくありません。再発防止のために振り返り作業は欠かせないのです。たとえば長時間労働が原因でうつ病になったのに、その問題が解決しないまま復職したら、再発の危険は高いでしょう。この問題は復職にあたって大きな落とし穴になり得るので、会社と十分に話し合っていくことが重要です。穴の手前に「この先は大きな落とし穴!」と看板を立てて意識しておかないと、いつの間にかまた忙しくなって、同じ穴に落っこちてしまいます。会社が人を増やして「穴」を埋めれば安心して働けるでしょうが、それが無理な場合はもう少し楽な部署へ移るのが現実的かもしれません。「穴」を避けて通るわけですね。一方、何事も頑張りすぎてしまって過重労働になっていた場合は、そういった自分の特性にリワーク中に気づき、うまく力を抜くことを覚えることで対処できるかもしれません。つまり「穴」を復職前に埋めておくわけです。リワークではこういった作業を丁寧に指導していきます。

4.リワークで何が変化するのか

 リワークでは参加者のどのような変化が起こるのでしょうか。以下のような4つにまとめることができるように思います。
 
 ・思考の柔軟さ
 ・コミュニケーションの改善
 ・セルフケアの向上
 ・自己肯定感が上がる
 
○思考の柔軟さ
 認知行動療法などを通して、事実に基づく考え方が上手になるようです。またグループワークを通して参加者のいろいろな考え方や対処法が聞け、行動の選択肢が増えます。頑張り過ぎとか人に頼ってはいけないなどの極端な考え方が弱まってきます。さらに気持ちの切り替えも早くなり、問題解決のための選択肢が増えるようです。
 
○コミュニケーションの改善
 アサーション・トレーニングやSST(Social Skills Training:生活技能訓練)を経験し、人に相談できるようになったり、自分の意見をはっきり言えるようになったり、弱音を吐けるようになります。
 
○セルフケアの向上
 セルフ・モニタリング、セルフケアのやり方が上手になり、健康的な生活を送れるようになります。また無理な働き方に早く気づくようになります。
 
○自己肯定感が上がる
 同じ病気の仲間に出会え、自分だけではなかったという安心感が得られます。また仲間の発言、接し方などが心の支えになります。さらに問題に対処するための道具が増え、逆境に強くなります。レジリエンスが高まると言えるでしょう。今の自分でも大丈夫、何とかなるよ、と思えるようになるのです。かつてある利用者が言っていた、「リワークを利用しないで復職した時は、丸腰で戦場に行くようなものだった」という言葉が今も耳に残っています。メンタル休職からの回復は元に戻ることではなく、ストレス対処へのさまざまな方法を身につけた、新しい自分を作り上げていくことなのです。

5.職場復帰の進め方

 職場復帰にあたってはリハビリ出勤(試し出勤)のある会社・ない会社があります。いずれにしても徐々に負荷を高めていくことが大事です。実際の職場復帰にあたっては、最初の1週間、1ヶ月、3ヶ月に気をつけましょうと話しています。
 
 ・最初1週 身体の疲れ・気疲れ
 ・1ヶ月で一応慣れる
 ・3ヶ月までが要注意
 ・6ヶ月でほぼ元の状態に戻る
 
 職場に出るようになった最初1週はともかく疲れます。週末土日は泥のように寝ていたという話も珍しくありません。まず通勤で疲れてダウンしてしまう人が珍しくありません。以前は当たり前に通えていた会社なのに、久しぶりに通勤するとともかく疲れるのです。それを避けるために本格出社の前の通勤訓練が欠かせません。
 もう一つは気疲れです。休んでいる間、何て言われていたんだろう?お前なんかいらないって思われているんじゃないか?とか、いろいろなことを考え疲れてしまうのです。でも人はそんなに他人のことを気にしていません。悲しいかもしれませんが、数ヶ月以上休んでしまうと、その人のことは半ば忘れられているのです。あまり気にしないことです。
 ともかく最初は職場の雰囲気に慣れるのが大事です。「新しい職場を観察する」くらいの気持ちで臨んでください。また、リハビリ勤務で最初の1週間は半日と決まっているなら、決めた時間を守りましょう。忙しそうだから残って仕事を手伝ってしまう、みたいなことは避けます。会社はあなたが末永く元気で働いてくれることを願っています。今日手伝ってもらうことなど期待していません。
 1カ月出社が続けられれば一応職場に慣れてきます。リハビリ勤務をしていた場合はこの辺りで正式復帰になるでしょう。でもここからが要注意。みんなに迷惑かけた、さあ頑張るぞ、と張り切ってしまうと、3ヶ月目くらいにかけて調子を落とします。背伸びをしてしまって、自分の本来の状態よりも無理をしてしまうからです。リスガードの適応曲線(図2)というのがあります。人間の異文化への適応を研究したものです。復職もこれに似ていて、3ヶ月目あたりにかけ疲れてきて不適応感が出てくるのです。

<図2>

鈴木佑介「新しい職場のストレスの正体をつかむ①」より引用

 これに関しては、人はそういうものだと割り切ってください。頑張りすぎず、淡々と日々の業務をこなしていけば、6カ月くらいでほぼ元の状態に戻ります。完全に元の調子に戻るにはさらに1年はかかると思っていた方がいいでしょう。失われた仕事の勘を取り戻すにはそれくらい時間がかかります。だからこそ不調者が出たらできるだけ早く問題を解決し、休職するにしてもなるべく短期で復帰できるように支援したいわけです。

6.講演を終えて

○「この話をもっと早く聞きたかった」と言われた
 講演を終えて質問に来られた方から、「この話をもっと早く聞きたかった。もっと早く先生に会いたかった」と言われました。実は復職支援の話をすると、毎回のように同じようなことを言われました。アルコールの講演ではそのような記憶があまりないので、何か違うんだろうと思うのですが、よくわかりません。ただ、そういった声を伺うと、少しでも多くの方に知ってほしいという思いが強くなります。
 
○いただいたアンケートから
 今回は時間が短かったこともあり、個人が復職に臨むにあたってどうやって準備していけばいいかという話に絞りました。いただいたアンケートには、神経発達症やトラウマの問題、会社に問題がある場合にどう働きかけるのか、といったご意見ご質問もあり、そういった話題までカバーできなかったことを申し訳なく思った次第です。
 トラウマの問題は私の専門の一つであり、1990年代から取り組んできました。最近やっとトラウマインフォームドケア(TIC)が言われるようになってきたのですが、職場でハラスメントを受けて休職した人は、心に深い傷を負っていることが少なくありません。そしてリワーク参加者を見ていると、その傷にさえ気づいていないことが少なくないのです。リワークで「怒り」について講義をしていた時、ある男性が手を挙げ、「あのう、私は会社に怒っていたということでしょうか?」と聞かれたことがあってショックを受けました。この方は休職して1年以上経って、実は自分は怒っていたんだ、と気づいたのです。抑圧された怒りがうつ病遷延化の原因の一つではないか、と私は考えており、自分の怒りに気づくことがトラウマケアの第一歩ではないかと思っています(資料2)。
 神経発達症についてはリワークの中で個別にフォローしています。最近、各リワークでは、「自分のトリセツ(取扱説明書)」を作ることがよく行われるようになりました。自分の特性を文書化して会社に理解を求めていくわけです。「障害者の合理的配慮」が徐々に知られるようになってきて、会社から情報提供を求められることも増えました。そういった機会を積極的に活用して、職場と情報を共有し、復帰する方を応援していきたいと考えています。

資料

1) 米沢宏:NIOSH職業性ストレスモデルを生かしたうつ病の再発予防の取り組み;リワークでの経験から.第26回日本産業精神保健学会,2019
2) 米沢宏:うつは怒り第2報;怒りの問題の解決に対するリワークの有効性.第19回日本うつ病学会総会,2022

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