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産業ストレス学会発表:首尾一貫感覚が復職継続の指標になる可能性

 2023年12月に行われた日本産業ストレス学会では、当社から米沢を含め3人が登壇しましたが(資料1)、今回は組織コンサルテーションチーム槇本英典による一般演題発表の内容をご紹介します。
 
演題名:メンタルヘルス不調により休職した労働者を対象とした1か月間のEAPリワークプログラムの復職準備性および復職継続への効果
発表者・共同演者:槇本英典1)、榎本正己1)、清野俊充1)、吉田耕平1)、安原京子1)、櫻谷あすか2)、今村幸太郎2)、川上憲人2)
(1) 株式会社ジャパンEAPシステムズ、2) 東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座)


○東大デジタルメンタルヘルス講座との共同研究

 当社は、2022年より東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座と共同研究を行っていますが(資料2)、今回の研究では、メンタルヘルス不調により休職した労働者を対象とした、EAPリワークプログラム(以下、JESリワークと略)が復職準備性および復職継続へもたらしている効果について検証を行いました。

○JESリワークの特徴

 JESリワークは当社契約企業の従業員で、病状が回復し日中の生活に支障なく、週3回以上自宅外での活動ができ、主治医および勤務先の許可を得た方が対象です。期間は4週間。週3回午前、90分間のプログラムに参加していただきます(計12回)。医療リワークに比べると短期で、いわば復職直前の仕上げ段階のプログラムと言えると思います。

○調査対象、調査項目

 調査対象は2021年4月から2023年2月にJESリワークを利用した155名のうち、データが揃っている143名です。
 調査項目は、当社作成の復職準備性尺度(体調生活、体力意欲、作業遂行、ストレス対処、職場調整の全19項目)、二次元レジリエンス要因尺度(BRS,平野,2010)、ENDCOREs(藤本,2013)、3項目版SOCスケール(SOC3,山崎・戸ヶ里,2017)です。

○調査結果:体力・意欲、SOCの改善が就労継続の指標になる可能性

 調査の結果、わずか4週間のプログラムではありますが、JESリワーク利用者は、すべての調査項目が有意に改善していることがわかりました。また就労継続に関与する要因を見ると、復職時点の体力・意欲、およびSOCの改善が指標となる可能性が示唆されました。

○SOCとは

 ご存じの方もいらっしゃると思いますが、SOC(Sense of Coherence:首尾一貫感覚)とは、1979年に健康社会学者アントノフスキーが提唱した「健康生成論」を構成する中心的な概念です。アントノフスキーはホロコースト生還者の健康調査を行いました。極めて困難な体験をした結果、70%の人は解放後にPTSDやうつ病など重い精神障害を負っていたのですが、30%は健康的な生活を送っていたことを発見しました。
 この調査研究で発見された概念がSOCです。SOCは「首尾一貫感覚」、「ストレス対応力」などと訳されます。自分をとりまく世界は首尾一貫していて筋道が通っていると感じる感覚であり、ストレス下でも健康に生き抜く力を示しています。人生に整合性を持たせ、困難を生き抜く力、平たく言えば「人生、何とかなるよ」という感覚です。

○SOCの構成要素

 SOCは把握可能感(sense of comprehensibility)、処理可能感(sense of manageability)、有意味感(meaningfulness)の3つから構成されています。把握可能感とは、自分が置かれている状況を一貫性のあるものとして理解し、説明や予測が可能であると見なす感覚です。処理可能感とは、困難な状況に陥っても、それを解決し、先に進める能力が自分には備わっている、という感覚です。有意味感とは、いま行っていることが自分の人生にとって意味のあることであり、時間や労力など一定の犠牲を払うに値するという感覚です。把握可能感、処理可能感はストレス対処の要素と考えられ、有意味感は困難が意味のあるものだと考える要素といえます。

○SOCとJESリワーク

 体力意欲とSOCの改善が就労の継続に寄与しているとすると、JESリワークプログラムで再発防止に向けた学習、対話、内省を行う過程で、復職したら何が待っているか、それにどう対処できるか、そしてそれらを乗り越えていくのは意味のあることだと思えるなど、見通しが持てることで、自己肯定感が回復していくのかもしれません。

○今後の課題

 米沢は2009年に慈友クリニックの復職支援リワークを立ち上げ、今も関わっていますが、この調査結果を見て、ある修了生が受付の台のところに、「何とかなるよ」という後輩たちに向けたメッセージを、楯にして残していったのを思い出しました。
 メンタル疾患で休職した場合、療養期間の長短はあるにせよ、病状が回復すれば復職自体は大抵できます。しかし就労が継続できるかどうかは、単なる回復とは異なる、別の要素が関係しているのかもしれません。その一端がこの研究で示されたように思います。
 こういった変化はどのリワークでも共通して起こるものなのか、それともプログラムの内容によって異なるのか。最近リワーク施設が増えましたが、そのクオリティは必ずしも同じではありません。リワーク全体のクオリティ向上のためにはどういったプログラムを取り入れ、何に重点を置けばいいのかなど、これからも探求し続けたいと考えております。

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