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リフレクション(内省すること)と世間体(周囲に合わせてしまうこと)

海外ではカウンセラーやセラピストはとても身近な相談相手ですが、日本ではまだそうでもありません。

その理由のひとつには、精神分析的セラピーやカウンセリングで自分の抱えているどんな悩みがどんな風に解決するのかがイメージできないということもあるのかもしれません。

なぜなのでしょうか??

確かに、昔の私も、カウンセラーは正直なところ、自分の大切な悩みを相談できる存在ではありませんでした。私の場合、その理由は、自分の悩みが「心そのもの」にあるというよりも、「関係に由来」していたからです。

私の心理療法やカウンセリングのイメージを変えてくれたのは、私に心理療法と新しい精神分析を教えてくれた師たちでした。

いま思うのは、この方たちは、惜しみなく自己開示をしてくれたこと、それから、彼らの手の内を明かしながら進めてくれたことがよかったように思います。たぶん、これは、一般的にはあまりされていないことなのだと思います。でも、私には彼らとの関係が私の心の変化にとってとても大きなことでした。

話が横道に逸れてしまったのですが、日本で心理療法がまだちょっと敷居が高いものに感じられてしまうことのもうひとつの理由には、「自分をリフレクション(内省)することよりも、周囲をキョロキョロしながら周囲に合わせる方が、なんとなく生き延びられる感じがすること」が関係しているように思います。

確かに、周囲をキョロキョロしながら周囲になんとなく合わせていることの方が、生き延びる確率が高かった時代がありました。いまでも、「世間体」や「周囲と同調すること」がその方にとって、生きるために重要な場合もあるでしょう。

けれども、そうではない人もいるのです。ましてや、近年は、高等教育を受ける方たちがひと世代前と比べてとても増えて、ご自分のことを内省する力をもつ方が増えました。社会や時代は、どんどん変化していて、高度に複雑化し不確実性が増す現代という時代を予測することはとても難しくなってきています。

「何だか世間とうまく付き合えない」「世間の中では生きにくい」「みんなと同じになれない」「私って、深く考えすぎちゃう」とお考えになられる方にとって、精神分析的セラピーやカウンセリングはきっとお役に立てることがある、と私は思っています。

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