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行きたかったドーナツ屋さんに向かって走る

遠いけど、ずっと行きたかったところに、行くことにした。しばらく前から、そこに行くのが夢だった。
航空公園の近くのドーナツ屋さん。あげたまるパンにクリームたっぷり入ってて、ラインナップもおしゃれで美味しそう。あんバターやら、アプリコットやら、インスタ見てるだけでよだれが出る。おまけに(こっちがメインかもしれないが)バリスタの入れたコーヒーもあるというではないか。
久しぶりの友人と、夜の二人会(なんていうと落語みたいだがただの飲み会)をしようと誘って、そちら方面に店を設定し、あわよくば手土産にしたら喜ばれるのではという打算も働いた。

ほんとうは、午前中から娘を連れて航空公園に行こうよと誘ったのだが、無下に断られてしまった。
「今日はお家で遊びたい気分なんだよね〜」
なんて、6歳らしからぬ発言をのたまう。
おまけに、仕事でいないはずのパパが、仕事がリスケになったと言っているではないか。なんか拍子抜けして、調子が狂う。

こういうとき、私は私、と、娘とパパをほっておいて、勝手に行動できたら、どんなに楽かと思う。
思っているのに、気になって、あれこれ世話をやいてしまう。
時間があればあるほど、普段目をつむっていた家仕事が、むくむくと存在感を表す。

私を捨て忘れていませんか?とゴミが言い、
私の掃除してくれてますか?と、トイレが言う。
私、3日前からここにいますと、床の服が文句を垂れる。

そんなこんなしているうちに、あっという間に時間は過ぎて、午後も日が傾き始めた頃、ようやく外に出られた。

はて、どうやって行くのが近いのか。

電車をどこをどうやって乗り継いだら近いのか、最短ルートで乗ってみるも、まさかの遅延。検索すると、一旦都会にでろと言う。都会には、急行だの特急だの快速だのがあるらしい。何が指定席で、何が普通乗車券で行けるのか。
もう、お登り外国人の気分である。どうしてこうも都会は人が多いのか。乗り換え一つが大仕事である。

やっとの思いで駅についたのは4時半。もう日も落ちて、人通りが少ない。
ああ、5時閉店まで間に合わない。
走れ、走れ、走れメロス。あきらめないこころ!

ばったーん。

急に視界が歪み、レンガの歩道が近づいてくる。手をついたはずなのに、眼鏡が当たり、弾け飛ぶ。
その瞬間に、私はころんだのだと認識した。
大人になって転ぶと、滞空時間が長いんだなぁ。
そしてダメージがでかい。

「大丈夫?」

と言ってくれる人は、ない。
人っ子ひとりいない歩道で、そっと眼鏡を探してかける。歪んだか、傷ついてる気がする。
でも、もたもたしている時間はない。
走れ、走れ、走れメロス。

片手で現在地を確認しながら、走り出して、信号をわたり、また走って、はたと気づく。
あれ?通り過ぎてないか?
よく見ると、やはり通り過ぎている。
広くないし、ごちゃごちゃしているわけではない。改めて振り向いて見回すと、薄暗い看板が見えた。

ああ。間に合わなかった。

よくよく考えれば、5時に閉店としてたって、ドーナツ屋さんだ、売り切れれば閉めるだろう。
どうしてそこまで考えていなかったんだ。。
自分のまぬけ。。

怪我した手のひらがヒリヒリする。
駅までは、歩く。もう走らない。
もう、車椅子の方に抜かれても良い。
歩くんだ。
また、車椅子の方に抜かれる。

手土産ないけど、きっと、2人会の彼女は土産話で許してくれるだろう。転んだ私を笑ってくれるだろうか。

ふとみると、先を行ったはずの車椅子の方が、固まって話していた。もう一人集まってくる。お知り合いだったのかと、思いながら、通り過ぎてから気づく。
あれは、飲み屋の前だった。閉じた扉。その入口前の急な坂を思い出し、振り向く。
途方に暮れた3人が見えた。

戻って声を掛けると、やはり、入れなくて困っていた。
引っ張るタイプのドアは重そうで、坂道にとどまりながら車椅子で開くには、厳しいとしか言えなかった。
ドアを開けて、店員さんに声を掛ける。
「すみません。お客さんです。たぶん」
入りたい方がお客さんとも限らないなと思いながら。ただの知り合いとか、営業とかの可能性もあるか。まぁ、お客さんぽいからいいか。

「ほんとに助かりました、ありがとうございました」
そう言った男性に頭を下げて、店員さんが、車椅子を押してあげるのを確認して、私はまた歩き出した。

一連のお陰で、丸くなっていた背中がまっすぐになった気がした。
このために、この時間にここへ来たのだ。
他に人通りのほぼないこの道で、ここに私がいた意味があったのだ。

背筋を伸ばして駅の階段をあがる。


夢は、また次に取っておこう。
いっぱい買い込んで公園に行こうか。
いつか絶対にまた戻って来る。アイルビーバック。
日中に。





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