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『私は、生き急いでいた。』

私は、小さな頃から一生懸命だった。
いいことも悪いことも、全力投球。→悪いことといっても、どこかのお世話になるようなことはしていない。

ずーっと、休憩もせずに走り続けていたんだな。
全然、気がつかなかった。

けれどあの年に、2回くらい、

『私、なんでこんなに生き急いでいるんだろ。』

とふと思うことがあって、その年に病気になったのだ。

そんなふうに、思ったことなんて人生で1度もなかった。

「あー、なんか疲れたなー。」ってことは誰でもあると思うのだけど、体力的、精神的に。

そういう疲れではなかったんだな。

頑張り続けていた【サイン】だったのだ。
危険信号が出ていたのだ。
これは、命にかかわる大事なサインだった。
起床時に、筋肉痛だったことも、足が痛くて走れなかったことも、運動不足ではなかった。

アクセルを踏みっぱなしで、ブレーキをかけていなかった。

でも、これだけは言える。

私の人生は、反省することはあっても後悔はない。

だけど、生き急ぐほど、頑張らなくてもよかったんだ。

長いトンネルの中のように、停車スペースで休んだり、緊急連絡用の電話で助けを求めたり、歩道のようなところをゆっくり歩いてよかったんだ。

車道を、スピード違反してぶっ飛ばしているようなもんだ、私の頑張り方は。

*皆さまも、『生き急ぎ』にはご注意下さい。
それは、体調の大事なサインです。気のせいとか、運動不足なんかじゃないから、見逃さないように気をつけて下さいね。

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